第2話

 和樹さんは、居心地が悪そうに眉を寄せていた。

 美浦さんも同じ顔をしている。小さく口を開いて、でも何も言わずにきゅっと閉じる。


「ああ、でもここはきちんと片付けてお渡ししますので、ご安心ください」


 赤坂さんは、私の質問に答えもせずに、ヘラヘラと笑いながらそう言った。何だか感じが悪い……


「えっと、お風呂ですね。案内します」


 赤坂さんはそそくさと子供部屋を出て、向かい側のお風呂を開ける。和樹さんも美浦さんも、子供部屋にはあまり長く居たくないようで、赤坂さんの後ろについて行った。

 

 私は、子供部屋をもう少し見ようと思った。失礼なことをしているとは理解しつつも、子供部屋の中に足を踏み入れる。

 六畳間か。和樹さんの作業台を窓側に、私のパソコンを反対側に置けば、ちょうどいいだろうな。


「ねえ」


 声をかけられて振り返る。

 ドアの外から、赤坂さんの娘さんが覗いていた。


「アイのおうち、気に入った?」


 赤坂さんの娘さんは、ニカッと笑って尋ねてくる。その笑顔が子供らしくて可愛くて、私は思わず笑みをこぼした。


「可愛いお部屋ね。ここ、あなたのお部屋?」


「うん。アイの部屋だよ。お母さんがね、いっぱいオモチャ買ってくれたの」


 アイと名乗る女の子は、オモチャ箱の方へと向かう。その中から、黒髪の人形を取り出すと、私にそれを見せてくれた。


「わあ、アイちゃんそっくりで可愛い」


 その人形は本当にアイちゃんそっくりだった。肩くらいの長さで切り揃えられた黒髪も、くりくりとした丸い目も。

 アイちゃんは「えへへ」と無邪気に笑って、人形をぎゅっと抱き締めた。


「アイね、このお家がとっても大好きなの」


 アイちゃんは言う。

 アイちゃんは、両親が家を売ろうとしているのを、知ってるんだろうか。買うのがちょっと申し訳ないな。


麗華れいか


 和樹さんに声をかけられ、私は振り返る。

 和樹さんは怒った顔をして、私の耳元に口を寄せた。


「失礼だろう。勝手に部屋に入ったりして」


「あ……そうね。ごめんなさい」


 確かに失礼だった。私は謝罪を呟いてから、アイちゃんの方へと向き直る。


「ごめんね、アイちゃん」


 お喋りを遮ってしまった申し訳なさで、謝罪を口にする。

 だが……アイちゃんの姿はなくなっていた。

 誰もいない。


 部屋の入口は、私と和樹さんが塞いでしまってるから、出られないはず、多分。

 いつの間に部屋を出たんだろうか。


「ああ、奥様、そちらにいらっしゃいましたか」


 続いて、美浦さんが私に声をかけた。


「奥様も、お風呂場、見られますか?」


「あ、はい」


 美浦さんに案内され、お風呂を確認。洗面室も確認したが、何の文句もない綺麗さだった。


 寝室を見学し、続いてトイレ。最後にもう一度、リビングを見学。

 リビングでは、赤坂さんの奥様とアイちゃんが楽しそうにお喋りしていた。

 なんだ、アイちゃんはここにいたのか。私は安心し、微笑ましい気持ちで二人を見つめる。

 しかし、突然。赤坂さんのご主人が、奥様に近付いて肩を掴んだ。


まい、いい加減やめてくれ」


 語気が強い。耐えきれないと言うように首を振っている。奥様は困った顔をして、ご主人を見上げている。

 何かあったの?


「この家、なんか……変じゃないか?」


 和樹さんが私に耳打ちする。

 私は首を傾げた。さっきの赤坂さんご夫婦のやり取りは確かに変だったけど、和樹さんは「家が変だ」って言ってる。リビングをきょろきょろ見回して、何かを警戒してるみたい。


 その後、私達は、赤坂さんご夫婦にお礼を言って、内見を終えた。

 赤坂さんのご主人とはリビングで別れ、奥様とアイちゃんは玄関まで見送ってくれた。


「では、これにて失礼します」


 美浦さんは、奥様に頭を下げる。


「ありがとうございました」


 和樹さんもお礼を言って頭を下げた。私もそれに倣う。


「では、失礼します」


 そう言って私達は、赤坂さんのお宅に背を向けた。


「お姉ちゃん、ばいばーい!」


 アイちゃんの声が聞こえて、私は振り返る。

 見れば、玄関から身を乗り出して手を振るアイちゃんが、そこにいた。

 可愛いなぁ、なんて思いながら、私は手を振り返した。

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