蝉の歌
まどろみカーニバル
#1 朝焼けは雨
8月20日の肌寒い午後にぼくは失恋をした。父の見舞いに来た大きな病院の売店で、長年ぼくが愛していたひとが本を立ち読みしていたのだ。
あんなにキラキラした目で立ち読みされてる本にぼくは嫉妬した。嫉妬で胸のあたりが焼けそうだ。気が狂いそうとはこういう事かと生まれた感情をぼくは理解した。
「あー、ナガロせんせーなに読んでるのー?」
長路先生の背中にどさっと体重をかけるように大きな人が接触した。本がたくさん床に散らばり、ぼくはそれを黙ってみていた。
長路先生ははぁっと深いため息を吐いて一冊の本を拾ってレジへ向かった。
「えへへ、怒らせちゃった」
「匙先生は長路くんに距離を詰めすぎよ」
本を棚に戻す小さな人の声を聞きながらもぼくは長路先生を見つめていた。
表情を固くしてるが瞳だけキラキラしたまま本を抱きしめて売店から出ようとこっちに歩いてくる。
ぼくは去ろうとして後ろを向いたが脚が動かなかった。胸が熱い。いたい。視界が黒くなった。
「えっ、ユウヤ?どうしてここに…?」
ぼくは呼びかけられるも動けない。ドロドロに溶けてしまいそうだ。
「ねえ、えらーって出てるよ」
ああ。愛してるひとの声だ。
ぼくも声が出ればいいのにな。
どうしてぼくには声帯がないのだろう。
話したいことがあるのに。
伝えなくちゃ。
【エラー】
ぼくの感情はここで一度目の死を迎えた。
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