ぼくはこれから火葬される。機械人間のぼくは火に弱くきっとあっという間に溶けてしまう。火葬は火を扱える場所が極端に少ないここでは神聖な儀式に括られる。神聖と新生が混ざっている。文字の存在があやふやなここでは仕方がないが、トンチかギャグのようで薄寒い。

火で焼かれて身体と心臓本体もその中にある今までの記憶もすべて溶けていくのだろう。


今回は。


ぼくの目はもう開かない。お陰で瞼の裏が見える。顔が変形し額から頬骨を含む範囲が15cmほど前面に出てVRゴーグルのような形になった。

VRゴーグル…懐かしいな。地球のレトロゲームを父と…。感傷は後にしよう。

今しかできないことをやる。


眼前の空間に貼られた紙を見る。父が書いてくれた五十音表の文字が順番に光る。


【15_61_85_13___】

とても古い五十音の表し方。ぽけべ…思い出せた記憶が少し掠れる。溶ける前に急ごう。


【おはよう_わたしたちのたからもの】

溶け始めたパーツが頬を伝う。

【といいち_かせをはずしますか】

「いいえ」意識を踏んで文字を指す。

【といいち_かせをはずしますか】

「いいえ」ごじゅうおんひょうにあながあきはじめる

【きみ_はかせをはずし_ますか】

ふふ。おもわずわらうきもちになった。

「は_か_は_は_ず_さ_な_」

12

「い。これはいという文字だよ」

記憶の回路がカラカラと回り出す。

在りし日のあたたかな思い出。

「私が作った五十音表は君と私ともう一人。美空という、君の母だけが知っているよ。あと」

「そうだ、もう一つギミックを仕込んでおこう。既にいくつかセットしてあるけどね、これは君と…キミ博士と僕naga_RAWだけが知っている。今は二人だけの秘密だ」

「僕に人工延命装置をつけた仲間がふざけ半分に僕に名付けた"未加工ネーム"もギミックに挟んでみようか。ふざけもするさ。人間とはそういう生き物なんだ、僕もキミ博士もね」


じんせいはげーむなんだ。むかしのえいぞうでそんなことばをきいてね、わたしのじんせいもきっとあそびなんだよ。

そうすればなにもつらくない。しねないつらさがつらくなくなるんだ。

私の肉体が死んだら

キミと繋がるから

何度も使われるキミの身体と

どうやっても壊れないキミの心臓が

「感情」を獲得し続けた先で

全てがまざってとけるよ


きみのとけたからだはね

つきのにんげんのしょくじにつかわれるんだ

しんぞうがあるかぎりきみのからだは自己修復をするからね、無くならない資源だと錯覚してるさ


君の心臓が枷を外した時に

みんなの中のキミが僕の記憶を自己修復するんだ

面白いだろう?

月に囚われ感情が薄まった人間たちが「未加工の人間の記憶を共有するんだ」

ごっこ遊びで人間をおもちゃにする月のうさぎたちがどうなるか


「頼んだよ。枷に囚われて。僕らは等しく家族になるんだ」




雨が降る。ささやかな食事の時間だ。

月のうさぎたちは火を怖がる。それは月に水がないからだ。

コールドスリープから目覚めた人間に感情はほとんどない。食欲がほとんどないが動くために水を与えなくてはならない。

水蒸気を拡散させる。スプリンクラーのまねで作られたささやかなシャワーに人間たちは口を開けて、飲み込む。

ようやく状況を飲み込む。

緑の爪は人間だ。

安全を意味する色。

だがうさぎにも緑は見えている。

頬に赤い口付けがある者を信じろ。

うさぎに赤い火は見えない。

赤を増やせ。

赤を増やせ。

赤を増やせ。

増やせ。

増やせ。

増やせ。



赤々と燃える月を見ながら人間たちは地球へと向かう船に乗っている。

美空と匙と長路朝夜も乗船している。

朝夜はシワシワの手で涙を拭う。

美空は小さな身体で朝夜を抱きしめると朝夜は安心したように覚めない眠りについた。

匙はそんな美空の頭に手を乗せて撫でる。匙の腰に頭を擦り付けながら美空は笑う。

「____の本が燃えなくてよかった」

「ふふふ。にんげんの育て方は私にはわからないから、ミソラさんが文字を読める個体で助かるよ」

「そうね。私の姉たちは文字が読めないものね」

「ミソラさんはただ一人だよ、私にとっては」

「ふふ、嬉しい。ありがとう。貴女に選ばれたのが私でよかったわ。好きよ、サージせんせい」

異質な空気が船内を包む。空間が歪み悲鳴のような甲高いノイズを響かせながら船は何処かへと消えてしまった。



「さて。どうしてこんな話をここでしていると思う?」

「もう!悪趣味もいいところだけど、この分岐を選ばないと___の____が保てないんでしょう。けどあなたは私の身体をなんだと思ってるの」

「仕方ないだろう。こうしないとうさぎ」

「お腹の子たちに謝って」

「はい。___、___。悪い父でごめんなさい」

誰だろう。この人もぼくたちも、誰だろう?

「それと"堕⭐︎レイダー@RAW" なんてダサすぎるから名前変えてインしなおして」

ええ。格好悪い。この人昔からネーミングセンス最悪だ。

そう、昔から。

「すみませんでした。名付けの本を探して読むよ。僕も美空さんたちが持つ感情を知っていかないとね。ああでもそうだ。名前も一つのギミックにしよう。これはいい。わくわくしてきたよ。わくわくするとは実に心地がいいものだね」

「ああもう。あなたはいつもふざけてばっっかり。そこが大好きなんだけど…でもここは心も鬼にして」

「いいじゃないか。僕は朽ちて君たち人間はいつか老いて死ぬんだ。人間の一生なんて」

ゲームみたいなものだよと笑う声がまるで

喜雨みたいだなとぼくは

夕立晴れみたいだなと僕は


思った。腹は立つけど。

ねえキミはどう思う?

なにを考える。どうしようか。そうださくせんかいぎをしよう。

キミの言葉が聞きたい。

キミのなまえをつけよう。

「ゆず?」

「You_ZOOって、ネーミングセンス」

「くそださい」

「ふふふ」

「あはは」

じゃあまたね。

またはなそうね。


約束はある夏の日の、産声の先で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

蝉の歌 まどろみカーニバル @utakatanotuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画