#2 夕焼けは晴れ

目を覚ましたと思えた。ぼんやりと思考回路がまわる。

母胎にいるような感覚に近く、パッキングの中で最初の朝を迎えた日を思い出した。ゆっくりとほんの少しだけ感覚機能を自己修復させる。エラー。感覚の一部だけを自己修復させる。いくつか起動したようだ。0に近い1%と表現したら長路先生はどんな顔をするだろう。


ビリビビビと膜が破られる音を聴覚機能が微かに聞き取る。人の手が僕の顔を撫でる。長路先生だろう。指先以外は温かい、皺が深くカサついてるが細くて、少しささくれがある大好きな手が僕から離れがたそうに触れている。

突然力一杯抱きしめられた。背中に手を回され僕を包んでいる厚手の紙がガサガサと音を立てる。額にキスをされ突然離れた。聞き取れないが泣いているんだね。

ああ、僕の目がまだ君を見ることができたなら。


たくさんの手が僕の顔を撫でる。最後に僕の鼻筋を指ですっとひと撫でした人は匙先生だとわかる。僅かに柚子の香りがしたからだ。

あなたはいつも僕に恋愛相談とやらを繰り返してきたね。雪が降るとても寒い日に僕の父が亡くなりあなたが子供のように大きな声で泣いたことを僕は覚えているよ。

父はあなたのことをいつも褒めていた。僕は本人に伝えるべきではとお手製の五十音表を指差して訊ねると少し痰が絡んだ太い声で囁くように「感情を置いていけば足枷になる」「だが私の家族には君を残せる。私は人生に満足しているよ」と柔らかく微笑んで僕の顔を撫でた。皺が深くても柔らかい指だった。柚子の香りがしたことを、僕は今になって思い出した。

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