勇者賃貸メゾンドソレイユ

真野てん

第1話

 読者諸兄もご存じであろうが、この地球という惑星はしばしば悪の手に狙われる。

 往々にして文明レベルの違いから劣勢に立たされる人類ではあるが、その都度、対抗勢力もまた義憤に駆られて立ち上がるのだ。


 時に外宇宙からの侵略者に対し戦隊を組んで立ち向かう者たちが、時に恒星間戦争の先兵として送り込まれた怪獣を素手で倒す光の巨人が。


 はたまた人類未踏の技術を手に入れた犯罪集団と対決するバイク乗りが、あるいは契約により不思議な力を与えられた年端も行かぬ少女たちが。

 そして――。



「こちらが本日、小日向こひなたさまにご案内できる最後の物件になります」


 本日三件目となる住宅の紹介に、住宅案内のお姉さんも少々疲れが見えていた。

 無理もない。

 国からの被災支援を受けられる住居は数が限られている。ましてや緊急性が求められる空き部屋などそうそう近所にあるものじゃない。

 今日これまで見てきた二件の部屋も、これから内見する予定の『ひまわり荘』というアパートも、それこそ県内の端から端という感じでバラけていた。


「ここが……家賃一万円で借りられるんですか……」


 小日向は唸った。

 木造二階建てのアパート『ひまわり荘』は、築三十年という事前情報の割には綺麗だった。むしろ新築かと思わせるほどに艶めいた佇まいに、ただただ息を呑む。

 またファミリー世帯向けの賃貸ということもあってか一戸の占めるスペースも広く、建物自体の大きさに比べるとドアの枚数が少ないのが印象的だった。

 そしてデザインが前衛的というか、無機質でどこかカクカクとしている。それはまるでSF映画にでも出てくる宇宙船のようでもあった。


「小日向さまは先日の戦闘でご自宅を失くされており、国からの被災支援が受けられますのでこれくらいはまあ普通ですけど」


「駅近で?」


「駅近で」


「近所に大きめのスーパーがあるにも関わらず、ひとが集まるようなレジャー施設からはほどよく離れているという奇跡的な好立地で?」


「はい」


「家賃一万円」


「ポッキリです。敷金礼金もございません」


 案内係のお姉さんがペコリと頭を下げた。

 まるで深夜にやってる通販番組の売り子さんのようだった。


「な~んかありますよね? 事故物件的な……」


「あははっ。お客さんも想像力が豊かですね。大丈夫です。心霊現象なんてありませんよ」


「良かった」


 小日向はホッと息をつく。

 ではこちらへ――。

 お姉さんの先導でふたりは敷地内へと入っていった。


 上空から見るとアルファベットのH型になっていると事前に説明を受けており、木造アパートとは思えないほどしっかりとした造りに小日向はあらためて感心する。最近リフォームでもしたのだろうか。

 そう尋ねようとしたが、お姉さんの「こちらです」という言葉に機会を失した。


「即入居となりますと、こちらの103号室と二階の角部屋206号室のふたつになりますので、まずは一階からご覧ください」


 ちょうどH型の建物の真ん中に当たる部屋で、敷地内の出入りもスムーズだった。

 お姉さんはスーツのポケットからマスターキーの鍵束を取り出すと、ドアを開錠した。ジャラジャラとした鍵束の音色が、なにやら素敵な新生活を予兆させるようで小日向は年甲斐もなく胸を躍らせた。


「わぁ……」


「和室を含めた三部屋とは別にリビングキッチンがございます。バス・トイレはもちろん別々になっておりますし、各部屋の収納も大容量となっております」


 真ん中部屋ということもあって少々、明り取りが少ないと思ったが、そろそろ夕方近くなるというのに暗いとは感じなかった。まるで壁全体が優しい光で輝いているような。

 小日向はそんな印象を受けた。


「すごいですね。フローリングもピカピカだし、とても築三十年とは思えない。さっきも聞こうと思ったんですけど、もしかしてリフォームかなんかしました――」


「あ、小日向さま、そちらのお部屋は」


「え?」


 リビングから奥へと続くふすまがある。すりガラスのはめられた木目調で幅広なものだったが、軽く手を添えるだけでスーッと横にスライドした。

 開け放たれたの部屋。

 何気なく開いてしまったが、そこには重大な秘密が隠されていた。


「こ、これは――顔?」


「顔です」


 部屋を埋め尽くす巨大な顔があった。それは瞳を閉じており、スヤスヤと眠っているかのよう。顔といっても人間のそれではないのが一目で分かった。目も鼻も口もあるが、それは間違いなく『ロボット』の顔だ。


「えーっと。本アパートは『勇者ロボ』の強化武装ユニットも兼ねておりまして、単体での変形時には、103号室は胸部と頭部になります」


「なりますって言われましても……」


「あ、お嫌でしたら206号室は上腕部になっておりますが……」


「一部屋が拳で埋まってるの?」


「よくご存じですね」


 なるほど――家賃一万円、敷金礼金ゼロの正体はこれか。

 ようやく腑に落ちた小日向が天井を仰いでいると、部屋を埋め尽くしていた巨大な顔が、突如としてカッと目を見開いた。


『スタンバイ! 発射シークエンス開始! 五分前!』


 同時に部屋全体が振動をはじめ、巨大な顔が口を開かずに剣呑なセリフを吐いている。

 小日向はお姉さんに腕を掴まれて、玄関へと引きずられた。


「小日向さま! 急いでください! あと五分で発進します!」


「は、発進って何がっ?」


「『勇者賃貸メゾンドソレイユ』です!」


 ふたりが103号室を出て、中庭へとやって来ると、そこにはすでに『ひまわり荘』の住人と思しき数世帯の家族の姿があった。

 こんなことは日常茶飯事だ、とでも言わんばかりに、集まった家族たちは暢気にブルーシートなど敷いてお茶を始めている。


 数分後、お姉さんの予告通りに、飛行形態へと変形した『ひまわり荘』は、空の彼方へと飛んで行ってしまった。

 ぽっかりと空いてしまったアパートの敷地跡に、砂埃が舞っている。

 電気やガス、水道などのライフラインは一体どうなってしまったのかなんて、常識的な思考は追い付いてこない。


 ふぅ、やれやれ。

 しばらくは家が帰って来ないな――。

 などと、お茶会を済ませた住人たちは三々五々に散ってゆく。中には敷地内にテントを設営し始めて簡易キャンプを決め込む家族もいる。


「小日向さま。ご説明が遅れてしまい、大変申し訳ございません。当アパートは『勇者ロボ』の要請に伴い、たびたびこのような事態になりますので、当社としてもあまりおすすめはしておりません。しかしながら本日付けの入居をお望みとなりますと、こちら以外は……」


 午前中に回った二件ですら入居は来月となる。

 故郷が遠方になる小日向としては実家を頼る訳にもいかず、住居が決まるまではホテル暮らしとなり、被災支援金も受けられるが後日精算の立て替えとなるので財布に優しくない。

 かといってこうたびたび家にをされてしまっては――。


 と、通常ならば思うところ、小日向は違っていた。


「ここにします」


「え?」


「ここに決めます。そうか……、いま住宅に宿ってるんですね……」


「アイツといいますと……もしや小日向さまは『勇者ロボ』とご面識がおありなんですか?」


 小日向はきらりと光る少年の目をして、メゾンドソレイユが飛んで行った空の彼方を見つめた。その先にはきっとアイツがいるはずだと。


「むかし、うちの車に宿ってたんですよ。そうか、あの時も仲間たちが飛んできてたけど、こういう感じだったんすね……」


 懐かしそうに語る小日向の横顔はどこか悲しそうで、しかし満ち足りていた。

 少年はやがて大人になり、勇敢に戦った日々を忘れてしまう。


 それでも心の中の『勇者』はいつまでも、彼らと共に――。


 戦え! ぼくらの『勇者ロボ』!


 戦え! みんなの『勇者賃貸メゾンドソレイユ』!


 公共スペースの掃き掃除は当番制だ。

 ゴミ出しは当日の朝8時までに。集積場所のネットはちゃんと被せるんだぞ、小日向。

 こうして彼の新しい戦いは始まった!


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