家賃2万(管理費込み)、1K、1階/2階建て

かさごさか

見られたからには消しちゃおうね

 その日の客は礼儀正しい好青年であった。


 シャッター街と化した商店街にパトカー出動の絶えない歓楽街。決して治安が良いとは言えないこの町にも不動産屋は存在する。

 駅前にいくつかあるうちのひとつからスーツに身を包んだ男が、のぼりを持って出てきた。今日も内見の予約がいくつか入っている。本日中に処理しなければいけない事や予約に対しての準備など、タスクを脳内にリストアップしながら、男はのぼりを設置し店内へ戻った。


 必要な書類を鞄にまとめ、内見予約者との待ち合わせ場所へと向かうべく再び扉を開ける。その際、「行ってきます」と仕事仲間たちに言うのも忘れずに。返ってきた声は疎らであったが、男は大して気にもせず歩き出した。


 待ち合わせ場所にいたのは若い男であった。長い前髪で顔を半分隠した彼は、見た目の陰鬱さとは裏腹にハキハキとした受け答えをし、時折、柔らかく笑う姿に人当たりの良い青年といった印象を持った。


 青年が内見を希望していた物件は、待ち合わせ場所からから歩いて数分ほどかかる。川沿いを歩きながら立地について説明をしていると風が吹き、青年の長い前髪が揺れた。そこから僅かに見えたのは異様な皮膚。爛れたような変色した顔半分を目にした男はそれまでの営業トークをほんの一瞬、途切れさせてしまった。口内に溜まった唾液を飲み込む程度の1秒にも満たない動揺を青年は感じ取ったのか、揺れる前髪を抑えて目を細めた。

 気まずそうに目を泳がせる男を安心させるように穏やかな声で話し始めた。


「子どもの時、ちょっと火傷してしまいまして」


 そう言い、青年は前髪から離した手を上着のポケットへと入れる。


「恥ずかしながら当時は家が貧乏で、ちゃんとした治療が出来なかったんです。それで……今はもう大人になったし、きちんと治そうと思ってお金貯めてるんです」


 なので家賃は、と言う青年の姿に男は胸を打たれた。そして深く頷き、「お任せください」と己の胸を叩いた。逆境に負けないようとするその姿勢に男は、今どき珍しい若者だと思った。その心理の二割ほどに同情が混ざっていたが、男がそれに気づくことは無かった。


 その後は他愛もない世間話を交えつつ、歩を進めていると目的地に着いた。

 二階建ての木造アパートは、お世辞にも綺麗とは言えない外見であった。良く言えばレトロ、悪くてボロアパートだ。

 募集が出ていたのは1階の部屋で、玄関を開けると水場と部屋が磨りガラスの引き戸で仕切られていた。

 水回りは清掃が入っているため、ある程度の清潔感はある。しかし、戸棚は黄ばんでいるのか元々このような色なのか判別が難しいほど年季が入っていると感じた。

 ちなみに浴槽は正方形であった。


 部屋は畳張りで、押し入れ収納だというのが某国民的アニメを彷彿とさせる。

 部屋の特徴を教えてもらいながら青年は、気になった点を質問していく。やたら水回り、特に浴室への質問が多いなと男は思った。


 ここまで一通り、室内の説明と利点を終えた男は窓の外を眺める青年へ1歩近づいた。


「いかがでしょう?」

「うん、ここにします」


 即決だった。あまりにも迷いがない返事に男は少し驚いて、少し目を見開いたが次の瞬間には営業スマイルを浮かべてお礼の言葉を述べていた。


「こちらこそ、ありがとうございます」


 そう言って、穏やかに笑う青年は窓から差し込む陽を背にしたせいで男には後光が差してるように見えた。

 それは不遇な環境にも腐らず、新しい生活を始めようとしている彼を祝福しているようでもあった。


 その後、諸々の手続きを済ませ部屋を借りれることになってから2ヵ月後。青年こと、祥事しょうじは雑居ビルの2階を訪れていた。【雨原総合調査室】と書かれた扉を開けると、中は相変わらず閑散としていた。


「あれ、高野たかのちゃんだけ?」

「何の用?」


 事務所で唯一の従業員である高野が不機嫌そうに祥事を見た。声は可愛らしいのに、彼女の口から出てくる言葉はいつでも刺々しい。


「ちょっと聞きたいことあって…雨原うはらさんは?」

「先生はトイレ。自分のスマホで調べれば?」

「それで解決したらここ来ないから」


 なんだかんだ聞いたら答えてくれる高野へ困ったような笑みを返しつつ、祥事は来客用のソファに座った。


「いや、ちょっとね風呂の配管が詰まっちゃったみたいでさぁ」

「帰れよ。業者呼べ」

「今あんまし金ないから、会社と料金の一覧表って無い?それ見て決めたいんだよね」

「ねぇよ。帰れ」


 相槌のように舌打ちを繰り返す高野に対し、負けじと祥事は真剣な顔を作る。それが余計に彼女を苛立たせることを彼は知っている。


「あ、普通の水道業者じゃないくてね。えーと…特殊清掃員的な?」

「…」

「配管から何出てきても驚かない、勘繰らない人たちが良いんだよね~」


 どう?と高野を見ると、彼女は眉間の皺を深く刻み、大きく溜め息を吐いた。


「お前、かよ」

「…………………うん、そう、またです。すいません」

「2ヶ月前も似たようなことやったよな。また引っ越すか?」


 溜め息を吐いた高野の声が低くなり、祥事はぎこちなく目を逸らした。


「イヤ、アノ、ホントスイマセン」

「下手くそがよ」


 そう言い捨てた高野は引き戸の棚を探り、1冊のファイルを祥事へ投げ渡した。


 祥事は自分にとって不都合な人が生きていることを何よりも嫌う。目の前に現れると半ば反射的に殺してしまい、「あ、」と思った時には足元に死体が落ちている。

 今までは死体処理を請け負ってくれる浮浪者がいたのだが、ここ最近すっかり姿を見なくなってしまった。しかし、死体が出来る頻度は変わらない。

 仕方なく自分で処理するようになった結果、配管を詰まらせ汚水を逆流させるという過失を繰り返していた。


 その度に足がつかない特殊な業者を雨原たちに紹介してもらっていた。とてもじゃないが、腐敗が進んだタンパク質や血液の臭いが充満する浴室に、一般の業者を入れるのは流石に良心が痛む。


 祥事は痛む良心と寂しい懐事情を天秤にかけては毎度、この事務所を訪れていた。

 小さく身を縮こまらせてファイルを開く祥事の傍らで、尊大な態度を崩さない高野。そんな2人を見て、いつの間にか事務所に戻っていた雨原は、


「仲良いねぇ」


と呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家賃2万(管理費込み)、1K、1階/2階建て かさごさか @kasago210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説