【KAC20242】きらきら優良物件

いととふゆ

きらきら優良物件

 私、戸田ユカは四月から大学生。上京して一人暮らしをする予定だ。


 今日はその部屋を探しに東京の不動産屋を訪ねた。

 お店の女の人が「わたくし、担当の家入いえいりと申します」と言って名刺をくれた。初めてもらう名刺。大人になった気分でドキドキする。


「私、春からK大学に進学するんです。その近くで部屋を見つけたいのですが……」


・マンション・築浅・駅から徒歩五分以内・オートロック・防犯カメラ・南向き・最上階・角部屋・1LDK・バストイレ別・浴室乾燥機・ウォシュレット・シャワー付き洗面台・ガスコンロ二口以上・ウォークインクローゼット……


 お母さんと一緒に考えた条件がびっしりの箇条書きのメモをそのまま渡すと、家入さんはにっこりと微笑み、「ぴったりのお部屋があります」と言って、その部屋のチラシを見せてくれた。


 そして、家入さんが運転する車でこのマンションまでやってきた。


 家入さんが部屋の鍵を開け、下駄箱の上にあるブレーカーを上げると電気がついた。

 家具が置かれていない、ピカピカの広い部屋。この部屋を独り占めして、自分の好きにできるなんて! キラキラと輝いて見える。

「この部屋は当社が管理している物件の中でも、すぐに埋まってしまう人気のお部屋です。戸田様のご希望の条件もすべてクリアしています」

 家入さんと室内を回り、スマホのカメラで写真を撮った。キッチンやお風呂、トイレもきれいだし、設備が充実している。

 そして、ベランダの窓を開けると……最高の眺めだ。風がまだ冷たいけど、住み始める頃は気持ちのいい春の風を感じられるはずだ。


「ところで、戸田様は車の免許お持ちですか?」

「今、教習所に通っていて明日、卒業検定なんです。あっ、まだ先だけど車買ってもらったら、駐車場も借りなきゃ!」

「かしこまりました。その時はご紹介させていただきます。……では宅建の資格は?」

「? タッケンって不動産屋さんが持ってるやつ? ないですけど」

「まあ、戸田様は勉強すれば一回で受かる学力をお持ちでしょうから、大丈夫ですね」

「? その予定はないですが……。やっと受験から解放されたので、とにかく遊びたいし」

「ええ、もちろん。受験、お疲れ様でした。新生活楽しみですね」

「はい! 部屋、ここに決めようと思います。条件ぴったりのお部屋を紹介してもらって、ありがとうございます!」

「こちらこそ、ありがとうございます。戸田様も私の条件にぴったりです」

「? ? ?」

「いえ。このマンションは防犯面もバッチリですよ。各部屋にホームセキュリティ、シャッター雨戸も付いています」

 そう言って家入さんは窓を全開にして、シャッター雨戸を閉める。するとブレーカーが落ちる音がした。

「きゃっ、停電!?」

 電気が消えて、部屋が真っ暗だ。

「大丈夫です。ブレーカー上げますね」

 家入さんがスマホの明かりを頼りに玄関まで行き、ブレーカーを上げる。電気がついた。

「びっくりした」

 ! ! ! ! ! !

 ……私の目の前に、私が。

 あれ? 私、スーツ着てる? もしかして……。

「私たち、入れ替わってる!?」

「そのようですね」

「ええー! ちょっと待ってよ!」

「戸田様、無駄な抵抗をする時間は省き、さっさと入れ替わり生活を受け入れましょう。アニメもドラマもいつかは元に戻ってますし」

 社会人って、こんな事態になっても冷静でいられるのね……。

「私、これから家入さんになって働くってこと?」

「はい。私は戸田様になってこの部屋に住み、大学に通います」

「えっ? じゃあ、私の住まいは?」

「私も当社の管理物件を借りて一人暮らしをしています。今から私の部屋にご案内しましょう」


 案内された家入さんのアパートの部屋は……狭いし、散らかっている。お風呂と洗面台とトイレが一緒だ。3点ユニットというらしい。

 住めなくはないだろうけど、さっきの部屋と比べると……テンションが下がる。

 あ〜、キラキラな新生活が……。友達や彼氏を作ってあの部屋に呼びたかったのに!


 私の姿の家入さんはにっこりと微笑んで言った。

「戸田様、新生活楽しみましょうね!」


 ***


 私は賃貸管理会社で営業の仕事をしている家入まど

 まだ三年目でたいした給料をもらえていない。身の程を知り、それに見合った家賃の部屋に住んでいる。


 だ、け、ど! 入れ替わり成功!!

 やっと、この部屋に住める。私の理想の部屋であり、内見案内をするたびに、いつかは……と夢見る気持ちが強くなっていた。

 しかも気楽な大学生。親が家賃を払ってくれるなんて最高!


 入れ替わり期間は、部屋の契約期間である二年。更新すれば、また二年延長される。少なくとも大学生活四年間は楽しんでやる!!



 …………と思っていたのに、その日のうちに元の姿に戻ることになった。


 戸田さんになった私は、戸田さんの実家へ行って早速、ご両親に契約を急かしたのだが、最近、お父様の会社の状況が悪化しているようで、あの部屋の家賃は高すぎて払えないというのだ。


 あの部屋に住めなければ、入れ替わる意味がない。

 結局、がたいがいい働き盛りの男性が借りることになった。……その人と入れ替わる覚悟はない。

 

 あ~、キラキラな優良物件が〜!!


 

 そして四月。


「家入さーん、おはようございまーす!」

 アパートの外廊下で居合わせた戸田さんが手を振って駆け寄ってくる。


 結局、彼女は私が住んでいる物件の部屋を借りることになったのだ。管理会社の女性社員が住んでいるということで、ご両親が安心したらしい。


「ここの部屋、けっこう快適じゃないですか。狭いから掃除楽だし」

「……大学は慣れました?」

「はい! 友達できて、今日遊びに来るんです。あっ、バイトも始めようと思ってて。家入さんの職場で募集してませんか?」

「あいにくだけど……。そもそも学生は雇わないかな」

「えー! 宅建の資格取りますからぁ!!」


 条件通りの部屋に住めなくても、彼女はキラキラと輝いている。若さにはかなわない。


 とりあえず、仕事から帰ったら部屋を片付けようと決意し、春の風に吹かれて戸田さんと駅までの距離を歩くのだった。

(完)

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