妹が破滅しました

妹が破滅しました

 ある日の昼下がり。

 メッテルニヒ侯爵家長女である、ロスヴィータ・イルムビルデ・フォン・メッテルニヒは婚約者と紅茶を飲みながら話をしていた。

「ロスヴィータ、聞いたよ。君の妹のこと」

 ロスヴィータの婚約者である、ハインリヒ・ネーポムク・フォン・ヴァレンシュタインは困ったように苦笑する。赤毛にタンザナイトのような紫の目の、アトゥサリ王国筆頭公爵家の令息である。

「ええ……。わたくしもまさか妹のギーゼラがあのようなことをしているとは思いませんでしたわ」

 ロスヴィータは困ったようにため息をつき、一口紅茶を飲む。

 ハラリと耳に落ちてきたブロンドの髪をかき上げる。マラカイトのような緑の目は憂いを帯びていた。


 ロスヴィータの妹で、メッテルニヒ侯爵家次女のギーゼラ・ヒルデブルク・フォン・メッテルニヒがとある騒ぎを起こした。そしてこれ以上ことを大きくしない為に、メッテルニヒ侯爵家の両親はギーゼラを修道院に行かせることにしたのである。






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 メッテルニヒ侯爵家には、後継ぎの長男、長女のロスヴィータ、次女のギーゼラがいる。

 十七歳のロスヴィータは礼儀礼節や所作が完璧で類い稀なる美貌を持つことから、淑女の鑑、社交界の華と言われていた。

 一方、十五歳のギーゼラはブロンドの髪にペリドットのような緑の目。ロスヴィータと比べると平凡な見た目。そして礼儀礼節や所作は令嬢としての及第点は超えているものの、やはりロスヴィータには及ばない。

 当然ギーゼラは成人デビュタントの儀ではロスヴィータの妹として注目を浴びたが、その平凡さから落胆されてしまう。

 両親はギーゼラにもきちんと愛情を注いでおり、ギーゼラを冷遇することはなかった。しかし家族以外の他人は容赦無くギーゼラをロスヴィータと比較してしまうのだ。

「お姉様が完璧すぎるから私は惨めな思いをするのよ。私だって努力しているのに。それに、努力ではどうしようもない見た目のことも言われるわ。みんな私にどうしろというのよ!?」

 成人デビュタント当時、ギーゼラはそう不貞腐れていた。


 しかし、ギーゼラはある日を境に不貞腐れることをやめてどんどん夜会に出るようになる。

 ロスヴィータは妹が立ち直ってくれたことに安心した。

 ギーゼラはメッテルニヒ侯爵家が属する派閥以外の者達と次々と友誼を結ぶ。ギーゼラは社交の才能があったのかとロスヴィータは感心していた。


 しかし、少し気になる点もあった。

 近頃ギーゼラは次々と見たことのない高価なドレスや高価なアクセサリーを多く身に着けるようになっていた。

 メッテルニヒ侯爵家は裕福ではあるが、高価なドレスやアクセサリーを際限なく購入出来る程ではない。

 ロスヴィータはギーゼラの高価なドレスやアクセサリーはメッテルニヒ侯爵家で購入したものなのか、それとも違うのかが気になったので聞いてみた。

「ねえギーゼラ、最近貴女が身に着けているドレスやアクセサリーの財源はどこから来ているの? いくらメッテルニヒ侯爵家の資産状況でも、そんなに頻繁に購入したら破産してしまうわよ」

 するとギーゼラからはこんな答えが返って来る。

「大丈夫でございますわ。これらはメッテルニヒ侯爵家で購入したものではありませんもの。色々な男性が私に贈ってくださるの」

 ギーゼラは得意そうに鼻で笑う

「そう……。なら良いのだけれど」

 ロスヴィータは今一つ不安が拭えなかった。


 相変わらずギーゼラは高価なドレスやアクセサリーを取っ替え引っ替えしてメッテルニヒ侯爵家が所属していない派閥の夜会に出席していた。

 一方その頃ロスヴィータはヴァレンシュタイン筆頭公爵家の長男で次期当主であるハインリヒと婚約した。

 そして同時期にメッテルニヒ侯爵家が所属していない派閥の家が次々と破産していたのである。


 更に、アトゥサリ王国を震撼させる事件が発覚した。

 メッテルニヒ侯爵家とは別派閥であるハラハ伯爵家の長男ゲルルフが、王宮でハプスブルク王家の資産を盗んだことが発覚して投獄されたのだ。

 王家の資産を盗むなど前代未聞であった。

 当然ゲルルフには国家反逆の疑いもかけられ獄中で拷問を受けている。

 ゲルルフ以外のハラハ伯爵家の者達は王家からの尋問の末、国家反逆の意思はないと見なされた。しかし、ゲルルフの件もあり子爵家に格下げされるのであった。

 ロスヴィータもゲルルフの所業に驚いていた。


 そして数日後、メッテルニヒ侯爵家では予想だにしなかったことが起こる。

 子爵家となったハラハ家当主が押し掛けて来たのだ。


「俺の息子ゲルルフは……メッテルニヒ侯爵家のギーゼラ嬢のせいで投獄されたんですよ! ギーゼラ嬢がゲルルフに変なことを吹き込まなければあいつは王家の資産を盗もうだなんて思わなかったはずです! 息子を返してください! それに、最近他の家が破産しているのもギーゼラ嬢のせいではありませんか!」


 何のことか分からずロスヴィータ達の両親であるメッテルニヒ侯爵夫妻は困惑し、ギーゼラに何があったのかを問い詰めた。

 すると悪びれもしない様子でギーゼラからはとんでもない答えが返って来る。

「別に、ゲルルフ様や他の破産された方々はお姉様目当てでしたので、お姉様を紹介して欲しかったらそれなりの誠意を見せて欲しいと言っただけですわ。私にそれなりに貢ぐのであれば、お姉様にももっと貢ぐことは出来るはずだと言えば、色々高価なドレスやアクセサリーをたくさんくれましたわ」

 ギーゼラは得意気に話を続ける。

「その程度でお姉様を幸せに出来るのかと問いただせば、もっと高価なものもくれましたわ。それに、初対面で自分の努力ではどうしようもない見た目のことを言われたので少し仕返ししても良いのではありませんか? 私は別に家を破産させるまでやれとも、ハプスブルク王家の資産を盗めとも指示しておりません。私は何も悪くありませんわ。悪いのは私とお姉様の容姿を比べたゲルルフ様達ですわ。努力ではどうしようもないのに、色々言われた私の身にもなってみてください」

 フッと鼻で嘲笑うギーゼラであった。


 誰が予想出来ただろうか?

 アトゥサリ王国を震撼させた事件や数々の家の破産の大元の原因がギーゼラだったことを。


 ギーゼラは淑女の鑑、社交界の華である姉のロスヴィータと比べられ続けた。そしてそのストレス解消法が姉をダシにして令息達から色々と巻き上げることだった。

 しかもギーゼラは仕掛ける相手を選んでいた。自身に姉と比較するような失礼なことを言って来た令息達の中でも、メッテルニヒ侯爵家と違う派閥かつ、メッテルニヒ侯爵家よりも家格が低い侯爵家や伯爵家の者達をターゲットにしていた。


「お姉様を紹介して欲しければ、私にそれなりの誠意を見せるべきではないかしら?」

「だってお姉様は社交界の華ですのよ。中途半端な財力の家に嫁がせるなんて言語道断ですもの」


 こう言って、令息達に高価なドレスやアクセサリーを貢がせていたのだ。中には城が建つ程の金額のものもあった。

 賢い者達はこの時点でロスヴィータを紹介してもらうのを諦めて、ギーゼラから離れていく。しかし、それなりに裕福で愚かな令息達はロスヴィータに会うために際限なくギーゼラに貢いだ。

 そして最終的にゲルルフのように王家の資産を盗んだり、家を破産させてしまう者まで出たのである。


 ハラハ家当主がメッテルニヒ侯爵家に押し掛けて訴えたことにより、ギーゼラの所業は社交界に広まった。

 幸いロスヴィータとハインリヒの婚約には影響がなかったが、それでもメッテルニヒ侯爵家にとっては醜聞である。

 ロスヴィータ達の両親は、ほとぼりが冷めるまでギーゼラを修道院に行かせることにしたのである。

 最後までギーゼラは「自分の力ではどうしようもないところまで貶した失礼な人達の方が悪い」の一点張りだった。

 ロスヴィータをダシにして良い思いをしよう、あるいは自分に失礼なことを言って来る者達には何をしても良いと思ってしまったようだ。






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「ずっと比べられ続けたギーゼラの苦しみに気付けなかったわたくしにも責任はございますわね」

 ロスヴィータはため息をついた。マラカイトの目は悲しそうである。

「ロスヴィータのせいというわけではないだろう。周囲にも妹君にも非がなかったわけではないし」

 ハインリヒは慰めるようにロスヴィータの手を握った。

「ありがとうございます、ハインリヒ様。……いつかギーゼラが帰って来られることを祈るしかありませんわね」

 ロスヴィータは遠くを見て困ったように微笑むのであった。

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