事故物件と留学生

和辻義一

事故物件と留学生

 「出来るだけ安くて、大学から近い部屋を」という希望により、住宅内見として、とあるアパートを案内することになった。


 今回のお客さんは、東欧からやってきた女の子。名前は確か、アレクサンドラだったか?


 日本語はかなり流暢なんだけれども、ちょっとイントネーションにずれが出る時もある。今年の春から日本の大学に通うことになったそうで、その際に住まう部屋を探すため来日したらしい。ちなみに、かなりの美人さんだ。


 さて、これから案内する部屋はいわゆる「事故物件」というやつだ。最初は学生さん向けのワンルームのアパートをいくつか紹介したのだが、あまり予算に余裕がないということだったので、試しにこの部屋のチラシを見せたところ、一度部屋を見てみたいと言われたのだ。


 確かに彼女が通学する大学からは近いし、家賃は相場からすれば格安。築四十二年で六畳一間だが、ユニットバスと簡易キッチンはついている。当初の彼女の希望には十分に添えるだろう……この部屋の「いわく付き」への薄気味悪ささえ我慢出来るのであれば。


 だが、彼女は今回の内見において、薄気味悪がるどころか、心なしかわくわくしているようで……そして、ほんの少し頬が赤いようにも見える。なんでだ?


「タタミの部屋ではないんですネ?」


 部屋に入って、かなり年期の入ったフローリングの床を見た彼女の開口一番がそれだった。いやいや、いくら築年数が古いからって、それでも今どき畳の部屋って珍しいよ?


 そう広くもない部屋の中を見渡す彼女、何だか残念そうにこちらを見て言った次の台詞はこうだった。


「オシイレもないんですネ」


 いや、この部屋は造りが洋間なんだから、あるのはクローゼットだけだよ。あと、古いけれども一応は動く年期もののエアコンぐらいか?


 それにしてもこの子、さっきから一体何なんだろう? 何やらそわそわ、もじもじしている様子。


「あの」


 微妙に赤い顔で、彼女が尋ねてきた。


「この部屋、んですカ?」


 うーん……「事故」があってからまだ一度も入居者がいない部屋だから、その辺りのことはよく分からないんだよなぁ。


 といったことを説明すると、彼女は少しの間考えてから、にっこりと笑った。


「ひょっとしたら、あるいは……えっと、はい、この部屋にしまス!」


 この部屋でいいんかい。まあ、こっちは別に良いんだけれども……もしも後で何かあっても、責任は持てんよ?


 あと、さっきの「ひょっとしたら」ってのは、一体何?

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事故物件と留学生 和辻義一 @super_zero

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