運動住宅・森林棟
きみどり
運動住宅・森林棟
運動住宅・森林棟へようこそ! それでは早速、お部屋へとご案内します。
こちらへどうぞ。
本日はご足労いただきまして、ありがとうございます。
私共のような仕事をしておりますと、こうして内見のためにお客様と共に様々な物件を訪れる……つまり外出する機会があるのですが、お客様はいかがですか?
いつぶりかわからない、ですか。
そうですよね。今や仕事も学校も買い物も、人と会うのも遊ぶのも、ほとんど家の中で済んでしまいますからね。
発達した技術で、身体だって自由にデザイン・取り替えできる時代です。運動不足で病気や肥満になっても、なんら問題ないですよね。
でも、お客様のようなニーズをお持ちの方、たくさんいらっしゃるんですよ!
やはり人間も生き物ですし、身体を希望通りに作り替えたり、悪くなったところを取り替えたり、というのは自然の摂理に反します。
もちろん、知恵を駆使して新しいものを生み出さずにはいられないのも、人間という生き物の自然な姿ではありますが、お医者様のお世話になるのもタダではないですからねぇ。持って生まれた身体を大事に長持ちさせた方が経済的です!
……すみません、貧乏くさい言い方でしたね。
自分で自分の生身をメンテナンスする、適度な運動や食事によって体型をデザインする。
大変そうに聞こえますが、皆さま、成果が見えてくると、楽しい、面白い、とよく言われます。
ここ運動住宅は、そうしたマネジメントを意識的に行っていただく必要がないようデザインされた物件です。努力することなく、お部屋でごく普通の日常生活を送っていただくだけで、毎日がエクササイズになるんです。
人間、使わない能力は退化していきますからね。
さあ、お部屋に到着です。どうぞ中へお入りください。
足元にお気をつけくださいね。
こちらは森林棟のお部屋ですので、たくさんの木の根が隆起しているような形状の床となっております。
木の根を綱渡りのように歩いたり、飛び石のように歩いたりすることで、身体のバランス感覚などを鍛えることができます。
ここで電気のスイッチにご注目ください。
ええ。運動住宅ですから。センサーで自動的につくなんてことはありませんよ。
まずこのスイッチ。とても高いところにありますでしょう? こちらはジャンプを促すスイッチです。
そしてあちらのスイッチ。反対に、とても低いところにあります。
そうです。屈むことを促すスイッチです。
リビングの椅子はブランコになっております。座る、立つはもちろん、少しくらいは漕ぐことも可能ですよ。
他のスペースには、あのようなトンネルをくぐり抜けて移動します。試しにひとつ、くぐってみましょう。
あのトンネルですね?
頭を打たないよう、お気をつけください。
こちらはトイレですね。
便器がない?
そうなんです。こちら砂場のようになっておりまして、あちらにあるシャベルで穴を掘って、用を足します。
物を使って何かするというのは効果的な動作ですし、和式トイレのようにしゃがんでするのは足腰が鍛えられるそうですよ。
用を足した後は砂――正式名称はあるんですけど、ここでは砂と呼びますね――をかぶせておけば排泄物は即座に分解されて形がなくなり、全くにおいません!
さて、元の部屋に戻りましょう。
あちら、木の幹のようなものが壁にそって伸びているのがわかりますか?
あれをのぼることで、二階に行くことができます。
のぼり棒のようにのぼっても良いですし、デコボコをさぐってそこを手掛かり足掛かりにしても良いです。
隣に垂れているツルのようなものは、手繰り寄せることで荷台が昇降する仕組みになっております。荷物を運ぶのに便利です。
木登りは手ぶらでしたいですからね。
幹の先から枝のように広がる横棒にはぶら下がることができます。慣れてくると、帰りはあそこからひとっ飛びに着地するという方も多いそうですよ。
では二階に参りましょう――――
オンラインツアーだけでなく、本日は実際に現地に足をお運びいただき、ありがとうございました。
このエリアに住まうメリットや受けられる行政サービス等の資料を今一度ご確認いただき、入居をご検討いただけたらと思います。
またご連絡をお待ちしております。
……ふう。契約とれるといいな。
帰宅して仕事の続きやるかぁ。
明日は休みだから、森林浴にでも出掛けよう。
家から出なくても「外」を体験できるし、引きこもったまま運動できるような物件をすすめてもいるけど、僕は実際に出掛けて体を動かすのが好きなんだよね。
今は持たない時代だ。
様々な技術が発達したおかげで、家の外に出る必要はあまりない。だから、容姿やオシャレなんかも自己満足とか、仲良しの間での「本当の姿」の共有とかにしかならない。画面を介してのコミュニケーションは、顔も声も背景も加工できるし、アバターも使う。
そういったものにお金をかける、実体のないものを持つ時代だ。
昔と違い、今は家も自由に移り住む。
一日中を室内で過ごすから、そのとき自分の求めるものに応じて環境を変えていくのだ。自分が出掛けるのではなくて、出掛けたい場所が家の中にやって来るような感じでもある。
各エリアは人を呼び込もうと、その土地の魅力を発信したり、サービスに特色を持たせたり、頑張っている。
何を幸せと感じるかは人それぞれだ。家の中や仮想現実なんかにそれを求めるのも、僕みたいに家の外、現実世界に求めるのも、自由だ。
多様な価値観があって、それが否定されない。たくさんの選択肢から、実際に好きなものを選びとることができる。
いい時代に生まれたなぁと思う。
運動住宅・森林棟 きみどり @kimid0r1
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