内見エキストラ

あすれい

第1話

 私は副業を始めることにした。


 ちょっとした興味本位と内容の割に実入りが多いのが決め手だった。週末限定で不定期。登録さえしておけば、仕事が入った時に連絡が来るというものだ。


 友人も少なく現在恋人もいない、週末を持て余している私にはうってつけだと思った。暇つぶし代わりで、根詰めて稼ごうと思っているわけではないので、たまに入る仕事というスタイルも丁度いい。


 仕事の内容としてはこうだ。


 住宅メーカーがモデルハウスとして登録している家に実際に住んでいる家族を演じるというものだ。内見に来る人に実際に暮らしている人間として魅力を伝えるのが私の仕事になる。


 詐欺っぽいかもしれないが聞いた説明によると、プライベート空間を人に見せてもよいという家庭が少なく、苦肉の策だそうだ。



 そして今日がその初仕事の日。朝に身支度を整え終わると、ドキドキしてきた。


 幸い私は高校時代に演劇部に所属していたので演じるということには慣れがある。予想される質問に対する答えも、マニュアルをもらってすでに目を通してあるので安心。


 ただ一つだけ心配なのは、今回私が演じるのが新婚の夫婦だということ。夫婦ということは相手がいるというわけで。


 初対面の男性とうまく呼吸を合わせられるのかが不安だった。


 これまで恋人がいたことこそあれ、同棲はしたことなどない私。はたして今日を乗り切ることができるのだろうか。


 仕事である限り、今更投げ出すのは無責任というもの。私は覚悟を決めて家を後にした。


 指定された家へと向かい呼び鈴を鳴らすと、出てきたのは一人の男性。ぱっと見、歳は私と同じくらい。爽やかな好青年といった雰囲気の人だ。きっとこの人が今日私と一緒に仕事をする人なのだろう。


 彼は私の姿を見ると微笑んだ。


「あなたが高木梢たかぎごすえさんですか?」


「は、はい! 初めまして、よろしくお願いします!」


「僕は八坂亮介やさかりょうすけです。よろしくお願いしますね」


 優しそうな人で良かった。新婚夫婦を演じるのに強面の男性なんかが相手だったらビクビクしてしまうところだ。


「それじゃとりあえずあがってください」


「あ、はい!」


「そんな固くならなくても大丈夫ですよ。リラックスして自然な感じでいきましょうね」


 八坂さんは何度かこの仕事をこなしているのか余裕が見える。それに引き換え私ときたら……。


「すいません……」


「いえいえ、高木さんは初めてと聞いてますし、最初は皆そんなものですよ」


 ガチガチになっている私をフォローしてくれる。


 八坂さんに家に招き入れられて、打ち合わせを行うことに。お互いの呼び方や生活スタイルのすり合わせなんかをして、少しずつ役に入り込んでいく。


「じゃあ梢、これで問題ないかな?」


 最後の確認が終わったところで、八坂さんがそう言った。


 話し合いで決めたこととはいえ、いきなりの名前呼びに心臓が跳ねる。最近家族以外から名前で呼ばれたのなんていつ以来かと考えてしまう。


「はい……」


「はは、梢は恥ずかしがり屋さんだね。そういうところも可愛いと思うよ」


 私がドギマギしていると、亮介さんはサラリとそう言う。


「かわっ……?!」


 突然のことに頭が茹で上がる。一応今日は入念にお洒落をしてきたけども、まさかそんな事を言われるとは。


 (この人はいつも相手にこんなことを言っているのかな……?)


 それならばとんだたらしだ。なぜかそれを想像するとチクリと胸が痛んだ。


「あー、いきなりごめんね。不躾だったかな……。新婚って設定だったからそれっぽくしてみたんだけど、イヤだったならもうやめるね」


「いえ、イヤでは……」


 可愛いと言われてイヤな女性なんていないだろう。


「そっか、それならよかった。僕もいつもはこんなこと言わないんだけどね、なんでだろ……? 梢が魅力的だからかな……。まぁ、あまり気負わずにやろうか。そろそろお客様もいらっしゃると思うからね」


 亮介さんははにかむように笑って、その顔の破壊力ときたら。


(それに普段は言わないって……。私だけってこと?!)


 更に追い打ちをかけられた私の平常心はどこへやら。必死で頭に叩き込んできたマニュアルの内容も飛んでいきそうになる。


 お客様を迎えるまでの間、私はパニック寸前の頭と心臓の鼓動を落ち着けるので精一杯だった。


 やがてやってきたのは若いカップル。仲睦まじく腕を組んでいた。結婚したばかりで新居を探しているところだという。


 実に羨ましい。設定上は私達も新婚となっているけれど、それは仮初のもの。実際の私には旦那さんどころか恋人すらいないというのに。


 私は家の中を案内する亮介さんの後ろについて回るのでいっぱいっぱい。ほとんどの対応を亮介さんに押し付けてしまっていた。


 やがて案内はキッチンへと場所を移した。キッチンということは私の出番でもある。


「広いキッチンでいい感じ。これなら二人で料理しても余裕ありそうだね?」


「そうだね。実際に使ってる感じはどうです? 動線とか、二人で使った感じとか。……って、普段は奥さんが料理するのかな……?」


 私に対しての初めての質問。でも、何か答えなきゃという思いばかりが空回りして、言葉が出てこない。


 亮介さんはそんな私の肩をポンと優しく叩き、そのまま引き寄せた。


「すいません、妻は少々恥ずかしがり屋なもので。うちもよく二人でキッチンに立つんですけど、この広さなのでぶつかったりもしないですし、結構快適だと思いますよ」


 私の代わりに答えさせてしまった罪悪感が湧き上がる。でもそれよりも、肩にのせられた手の方に意識がいってしまってドキドキと胸が高鳴るのを止められなくなった。


 結局私は最後まで役立たずだった。お客様夫婦は来た時と同様に仲睦まじく帰っていった。帰り際に「いいお宅だったね」というお言葉を頂戴したので、悪くはない成果なのだろうけど、私は自分の不甲斐なさに打ちひしがれるばかり。


「お疲れ様。そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。僕は恥ずかしがり屋な新妻感が出てて良かったと思うよ」


 労いと慰めの言葉をもらってしまった。その優しさが身にしみて……。


 気付けば、


「あの、ありがとうございました。もしご迷惑でなければ、お礼も兼ねてこの後食事でも……」


 そんなことを零していた。この短い時間で、私はすっかり亮介さんに惹かれていた。


(優良物件、見つけちゃったかも……)


 ***


 数年後、私と亮介さんが一緒にこの住宅メーカーのモデルハウスの内見に訪れるのはまた別のお話。

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内見エキストラ あすれい @resty

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