音チェック

@ns_ky_20151225

音チェック

「住宅の内見とかけまして」

「かけまして」

「昔のテレビの故障、と解きます」

「その心は?」

「あちこち叩くでしょう」


 営業に来てる漫才コンビを背に展示場を出た。内見がある部屋のチェックをしとかなきゃならない。だれも暮らしてないのに埃はたまる。見栄えだけでも良くしとこう。それと音のチェックも。

 いつもの事だが、客の希望は無茶だった。新築か築浅、バス・トイレ別、駅から徒歩十分以内、敷礼なしか安く、もちろん家賃も安く。そんなのあるわけないが、なんとか妥協してもらえた。徒歩じゃなくてバスで十五分。新築でも築浅でもなくて二十年物。それなら距離以外の部分はクリアでき、部屋を見てもらえることになった。

 ざっと掃除を済ませる。床や窓の掃除、それと蛇口など金属部分は念を入れる。手抜き掃除のコツだが、金属など反射する部分をピカピカにしとくだけでそれらしく見えるものだ。

 さてと、掃除は終わったし、こっちも確かめとくか。床掃除のワイパーの柄で壁をコツコツ、そしてドンドンと叩いた。壁は音を吸収し、鈍い反響もほとんどなかった。大丈夫。消えてない。にやっとすると約束の高級チョコを取りだした。

 告知義務の期間は過ぎているので言う必要はないが、ここはそういう部屋だった。事情は知らないが心の安定を欠き、音に過剰に敏感になって残念な事になったのだそうだ。それからその祟りが残ってる。音が響いてこなくなる呪いだ。壁はペラペラで材質もろくなもんじゃないのにかなりの防音性能を示すようになった。こっちとしてはありがたい。

 で、だれか知らないが昔の社員で霊感があるという人が、ずっとこの部屋にいてもらうための取り引きをした。チョコレート。なんでもいいけどうちは感謝も込めて高級品にしてる。それを窓際に供え、ガスや電気メーターを記録して目をそらすともうなくなっていた。契約成立。まだここにいてくれる。防音の祟りも続く。


「へぇ、築二十年っていうから音どうなのかなって思ってたけど、いいじゃない」

 壁を叩いた客は満足げだった。

「ええ、工法など昔の方がしっかりしてたりしますので」

 話を合わせておく。ただ、と心の中で謝る。

 時々チョコをつまみ食いされるけど、許してね。


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