(KAC20242作品)内見あるある……?

猫寝

第1話

「と、だいたいこんなところですかね、何か質問はありますか?」

 マンションの内見に来ていた客……22歳の新社会人の男性に問いかける不動産屋の社員(28歳男性)。

 内見は滞りなく進行し、ここで質問が無ければ契約するか、もしくは次の物件を見に行くか……という段階なのだが、客の表情がなんだかとても深刻で、社員に不安が走る。

 何か不手際でもあったろうか……と考えを巡らせるも、とくにミスはなかったはずだ。

「――――あの、ひとつだけ、質問しても良いですか?」

 覚悟を決めたような表情の客に、社員も気を引き締める。

「どうぞ、何なりと質問してください。部屋を決めるというのは大きな決断ですからね」

 社員はとても真面目で真摯な社員であり、どんなことを質問されても答えられるように資料は読み込んできた。

 お客様に満足して部屋を借りて貰いたい!

 そう覚悟と志を持って質問を待つ。

 客はまだ少し戸惑いつつも、意を決したようにゆっくりと口を開く――――


「あの―――………AVでよく見る、内見に来たカップルが不動産屋の目を盗んで部屋でエロイことをする展開ってあれ本当にあるんですか!?」


「………最初の質問それぇ!?」


 思わずタメ口が出た社員。

 しかしすぐ反省して謝罪する。

「あ、いやすいません。あまりに予想外の角度だったのでつい」

 客も慌てて言葉を続ける。

「ああいやそのこちらこそすいません。でも、僕にとっては内見ってその、聖地ならぬ聖シチュエーションというか、鉄板シチュエーションというか、そういうヤツなので、どうしても気になってしまって!!」

「そう……ですか?内見のシチュエーションそんなによくあります?」

 社員はあまり見た記憶が無かった。

「ほらあの、例えば……引っ越した家の隣にセクシーなお姉さんとか主婦の方が居たら、ちょっとドキドキするじゃないですか。もちろんそんなことにはならないとしても、でもちょっとよぎるじゃないですか」

「……まあ、そういうのは確かによくありますね」

「家庭教師に来たのがエロい女子大生だったりとか、女子社員と二人で出張とか、大学のサークルで合宿とか、本番禁止の店だけど自分だけ特別サービスとか、夜中に見回りに来るナースとか、階段で前を上るミニスカートの女性が転んだからそれを受け止めたらうっかり入っちゃったとか、そういうの、実際には無いだろうと思っててもドキドキしちゃうじゃないですか!」

「確かにあるあるですけど!最後以外は!階段のやつはそれ、AVどころかエロ漫画ですらレア展開ですよ?」

「………じゃあ、パンチラ見てたら突然振り返って、「は?なぁにおじさん、ジョシコーセーのパンツ見て興奮してんの?うわヤバ、キモ、ちょっと来いよ」って連れて行かれて、そこでエロいお仕置きをされる方ですか……?」

「いやまあその方があり得――――――ない!!どっちにしてもあり得ないですって!!」

 一瞬、その方がまだ現実味がある、と考えそうになったが正気に戻った社員。

 危なかった。あるわけがない。

「僕にとっては、内見シチュエーションもそういうのと同じレベルのあるあるなんです!!どうなんですか!?実際にはあるんですか!?」

 なんだかひどく必死なので、社員も真面目に答える。

 ちょっと気持ちがわかったし。

「えーと、ですね。実際にはないです。少なくとも僕はないですし、そういう話を同僚たちからも聞いたことないです」

「気づいてないだけ……という可能性は? AVでも基本気付かれないですし」

「AVはともかく、実際にあったら絶対気付きます。そもそも、内見に来たお客さんがどうやってエロイことするんですか?」

「そうですね……基本的なパターンとしては、案内人さんに突然電話がかかってきて、ちょっと待っててください、なんて言って出て行った隙に、ですね」

「いやいやいやいや、それはあり得ないですよ。そもそもお客さんを置いて外へ出るなんてことはまずないです。何をされるかわからないですからね」

「……ナニをされるかわからない……ということは、やはり過去にそういう事例が……!?」

「違くて。普通に部屋を汚されたり傷つけられたり何かを盗まれたりとか、そういう警戒です。いくらお客さんとは言え、昨日今日初対面みたいな人をいきなり信じられないので」

「そうか……じゃあやっぱり、内見エロスはファンタジーなのですね」

「お客さん、AVは全部ファンタジーです」

「ナンパものも!?」

「ほぼファンタジーです」

「盗撮も?」

「ファンタジーです」

「出会い系も!?」

「ファンタジーです」


「マジックミラー号もですか!?」


「あれだけはガチ」


 その瞬間二人は、謎の熱い握手を交わした。

 のちにLINEを交換しておすすめのAV情報を送り合う友になったという。


「じゃあ、内見続けましょうか。どうしますか?別の部屋も見ますか?」

「あの、一応聞いておきたいんですけど……隣の部屋にHなお姉さんが住んでるオプションが付いてる物件っていうのは……」

「ございます」

「あるの!?」

「嘘です、無いです」

「なんだよチクショウ!でもなんか信頼できる!この人信頼できる!エロで仲良くなった男の絆!!」

「そんなお客様に朗報です」

「なんですか?」

「実はですね……過去にそういう撮影で使われた部屋がありまして……内見、行っちゃいます?」

「絶対行きます!!!!!!」


 二人の物件探しの旅は、まだまだ続いていく―――――。


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