ハトバとボクの窓辺パラレル

@kamaseinuwow

第1話 僕のこれから

防波堤に腰をかけた。手のひらで感じるコンクリートはザラついていて、空には分厚い雲がかかっている。自殺するには、もってこいの日だ。

 思い返せば、僕の人生はどうしようもないものだった。これからも、どうしようもないものなのかもしれない。


 「…っふ、はは……」


 口元が、卑屈に歪む。これから、なんて無意識に考えてしまうほど、まだ生に対する執着が残っていたなんて僕はどこまで情けないんだろう。海面に映る自分は、こんなにくたびれているというのに。

 目を閉じて深呼吸をすると、微かに潮のにおいがした。潮風の正体はプランクトンの遺骸なのだと、昔どこかで聞いたことがある。そうか。僕はこれから潮風になるのか。

 トン、と背中を押されるように追い風が吹いてそのまま海へ飛び込んだ。



◇◇◇



 目が覚めると、なんて書き出しで始まってマトモな顛末を迎える話を僕はまだ一度も聞いたことがない。身体が縮んでいたとか、壁に嵌っていたとか、あたりを見回すとそこは僕が辞めた高校の一ヶ月しか通わなかった教室でした、とか。

 この場所に立っているというだけで出自不明の嫌悪感に全身が慄く。半透明のカーテンや差し込む夕陽、教室を構成するものやそれに関連するするものの全てに責められているかのような苦しさがある。あのとき確かにすべてを投げ出したはずなのに、僕は潮風になるはずだったのに、そんな思いさえ引き攣る喉では叫べない。

 生きているのかも死んでいるのかもわからないが、僕にとってここが地獄であることは変わりはなかった。

 段々と呼吸が浅くなる。もう今の僕が死んでいたって生きていたって構わない。昏睡状態の自分が見ている夢でも、死後の世界でも、僕が選ぶことは変わらないのだ。

 おぼつかない足で移動する。窓を開けて、身を乗り出した刹那、突風に押し返されて整列していた机に倒れ込む。


 「わ、わぁあああああ!!!!!!!とまってぇええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

 「……………ぐっ……」

 「ご、ごめんっ……!」

 「……いたい…」

 「わっ!すぐ退くね…」

 

 空中を猪のように突進するのではなく、降ってくるものじゃないのか。女の子って。僕に覆い被さっていた少女は、身体を起こして僕の乱れた服をさっと直してくれた。


 「……えーっと……あの……私……」

 「はい」

 「ハトバ……です。あなたは佐助くん、ですよね?」

 「…………佐竹です」

 「あっ…!!あ、マジか!佐竹くんか!!すみません。よろしくね、佐竹くん!!」

 

 誤魔化すように強引に手を握られて、ぶんぶんと力強く握手される。僕よりひとまわり小さい手のひらが暖かくて、この子は生きているんだと思った。


 「で、本題なんだけど!」

 「はい…」

 「佐竹くん、飛び込んだよね?」

 「はい……」

 「あのとき私、ちょうど海底で研修受けててさ」

 「研修……?え、なんの……?」

 「あー、魔法的なアレだよ……えーと、時間止めないと留年確定で、わたし……」

 「そう…それは大変だね」

 「そうなの大変なの!でね、わたし佐竹くんが飛び込んできた瞬間マジでビビって入れ替えちゃったんだよね!世界線」

 

 なはは、と笑いながらハトバは窺うようにこちらを見る。なはは、と言われましても、とこちらへ向けられた視線をそのまま返すようにハトバを見た。

 全く理解が追いつかないけど、世界線が変わったからといって人生に幕を閉じたい気持ちが変わることはない。


 「あの、僕は死んでるのかな」

 「わかんない、けど……佐竹くんが飛び込んですぐだったから、生きてるんだと思う……」

 「そう……」

 「やだ?」

 「うーん……」


 答えあぐねていると、ハトバは優しく僕を抱きしめた。すごく暖かくて、泣きそうになる。


 「あのさ、さっきブローチ割れちゃって、魔力回復しないと元に戻れないんだけどね」

 「うん……」

 「それまで、楽しもうよ!ここの生活」

 「ありがとう」


 楽しむ、か。僕が今まで、やろうとしてもできなかったことだ。窓から差し込む夕陽が眩しい。この場所で楽しむなんてできないと思うけど、いまだに申し訳なさそうに笑うハトバの優しさはきちんと受け止めたい。ハトバの背中にゆっくりと腕を回した。

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