第7話双葉ちゃん
「双葉ちゃん?」
アトリエで見せてもらった、あの双葉の鉢植えだった。
片手に乗るくらいの小さな素焼きの鉢に、細い茎を左右に激しく揺らして、何かうったえているようだった。
どうしていいかわからない私は、困ってグリンダを見た。
グリンダは、というと手で口を隠すようにして耐えていたが、私の困り顔を見て、プッと吹き出した。
「あはは。ミミさんがよほど気にいったのね。必死で追いかけてきたのよ、この子」
「ええ! 気にいったって?」
「そうなの。お客様がツリーハウスを選ぶのが普通だけど、時々いるのよ。ツリーハウスの方が、住んで欲しい人を選ぶこと。よほどミミさんと離れたくなかったんだわ」
「そんなことが?」
私が植木鉢を見ると、双葉ちゃんはさらに激しく葉を揺らしていた。
「そんなに揺れたら、茎が折れてしまいそう。わかったから、心配しないで」
私が言うと、いくぶん揺れが静かになったが、止まることなくゆらゆら揺れ続けていた。
「グリンダさん、どうしましょう」
私は手の上に植木鉢を乗せたまま、グリンダに返そうとさしだした。
「そうね。どうしましょうか。お茶を入れなおすわ。とにかくすわって」
グリンダは鉢を受け取らずに、私をふたたびソファにすわるよう促した。
そして、なおもおかしそうに、クスクス笑いながら、奥へ消えて行った。
確かに、この双葉ちゃんを見た時、可愛いなって思ったけれど、今の私にツリーハウスが買えるとは思わなかったから、残念だなとは思っていた。
「両思いだったなんてね。嬉しいけど。困ったな、双葉ちゃん」
私が言うと、双葉ちゃんは、イヤイヤをするように葉っぱをねじった。そんな動きをして、折れてしまわないか心配になる。
「トレントって知ってる?」
もどってきたグリンダが、新しいお茶をカップに注いで渡してくれた。今度のお茶はほんのり甘い香りした。
「トレントって、あの襲ってくる木の魔物ですよね」
私が答える、グリンダは首を振った。
「私のツリーハウスたちは、トレントの一種なの」
グリンダの話よると、ここで育てているトレントは穏やかな気質だから、襲ったりしないけれど、普通の木と違って意志をもっているのだそうだ。。
ツリーハウスとして生きたいか、別のことをしたいかは、自身が判断して選んでいるとのこと。驚くような話に、私はただ目を丸くするばかりだった。
「そういうわけで、この子はミミさんにひとめぼれしたのね。よほどビビッと来たんだわ。それで、どうします? 双葉ちゃんを引き取ってくれますか?」
グリンダがクスクス笑いをやめて、真剣な顔で私を見つめてきた。
そりゃあ私も可愛いと思っていて、私を好きになってくれたツリーハウスで暮らせたら、どれほど幸せだろうと思っている。
でも、今の私に家が買えるほどの蓄えはない。将来を考えて少しづつ節約しているけれど、母親から独立して、まだ間もない私だった。
そのことをグリンダに言うと、彼女はふふふと笑った。
「ここのお店はね、悪意のある人には見えない魔法がかかってるの。ここへ来られたってことは、ミミさんはツリーハウスのオーナーになる資格があるということよ」
「そうなんですね」
私が指で軽く双葉を突っついてみると、双葉ちゃんはくすぐったいとでも言うように葉っぱを震わせた。
結局私は、グリンダと双葉ちゃんを引き取る契約をして、店をでた。
双葉ちゃんが一人前のツリーハウスに育つまでには、少なくとも数年はかかる。
私ができるだけ頻繁に双葉ちゃんに会いに来ることを条件に、年に金貨一枚ずつ、
五年間の支払いで双葉ちゃんを引き取れることになった。
私たちミャウ族が一ヶ月普通に生活するのに、ひとり最低金貨一枚くらいかかる。一生もののお家が、一年で一ヶ月分の生活費でいいなんて破格だと思った。
その上、支払いはある時にいつでもいいなんて、私にとって条件が良すぎる。
頑張って働こうと思った。少し生活を切り詰めれば支払えない金額ではないと思う。
双葉ちゃんは寂しそうに揺れていたけれど、またすぐに会いに来るからと言ってグリンダに植木鉢を託した。
グリンダは、いつでもお茶を飲みに来てと言って、うふふと笑った。
《終》
グリーングリーン 仲津麻子 @kukiha
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