あなたの愛で僕を殺して【後編】

 学を見送って、何度目の夏だっただろう。


「死神はいるか?」


少し低い男性の声が聞こえ、青年は監視役の人が来たのかと扉を開ける。しかし、そこにいた人間は


「よっ、先生。久しぶり」


白衣に身を包んだ、間違いなく、学だった。


「……か、んせい、したんですか?」


感動のあまり、声が震える。しかし、学の答えは想像と違った。


「薬はできていない。が、別の方法でアンタを殺しにきた」


「まぁ、聞いてくれよ」と、家の中に入る学。青年は少し困惑しながらも、彼を歓迎した。

 あの日と同じ席に座り、学は話す。


「さて。あれから十年が経ったわけだけど……アンタの気持ちは変わっていないという前提で話をしても良いか?」

「もちろんです。あの日から、何一つ、変わっていません」


学は安心したように笑い、早速、本題に入る。


「例えば、十個のリンゴがあるとする。二人でこれを分けると、一人、何個ずつになる?」

「五個ずつです」

「では、片方から一つ奪って、そこから二人で分けるとどうなる?」

「九個を二人で分けるのですから、一人四個半ですね」

「片方から減らし、それを分ける。これを繰り返していくと、リンゴはどうなるだろうか」

「いずれ、ゼロに近くなるかと」

「俺が考えた方法は、まさにそれだ」


この意味に気がつかないほど、青年は馬鹿ではなかった。長い時の中で鍛えられた思考は知りたくなかったことも察してしまう。


「それって、あなたも僕と同じ体質になったということですよね……?」

「あぁ、そうなるな」


喜びよりも、ショックの方が大きなかった。


「どうして、そんな……あなたまで……」


例えば、互いに命を削り合ったとして。この体では、死ぬことはないと彼はよくわかっているはずだ。研究をしたのなら、人間以外の寿命を奪うことも知っているだろう。世界が滅ぶまで滅ぶことはない生命。青年の正体は、そういうものだった。だから、『死神』と呼ばれる。


「アンタ、昔さぁ、俺を『離したくない』って言ったじゃん。覚えている?」

「……はい」

「俺も同じ気持ちだったよ。だから、もう一度ここに来た」


学の口角がゆっくりと上がる。


「俺を縛ろうとしていたみたいだけど、残念、縛られていたのはアンタの方だ。初めて会ったその日から、アンタを手放すつもりなんて全くなかったよ」


「これで気兼ねなく一緒にいられる」と微笑む学は、恐ろしいような、どこか安心するような不思議な感じがした。


「……戻れませんよ」

「戻るつもりはないさ」


「それとも、俺と一緒は嫌だったか?」と問う学に、首を振り、苦笑いを溢す青年。自分より遥かに年下の男が、自分と同じくらいの容姿で時を止めた。しかも、自分のために。それが、どれほど嬉しいことだったか。その喜びを表すものは、彼の中に持ち合わせていなかった。

 ここで一つ、学は思うことがあった。


「アンタのこと、まぁ『先生』のままでも良いけど、やっぱり名前が欲しいよな。昔の名前、まだ教えてくれないの?」


青年は静かに頷くと


「覚えていないんです。しばらく、名前を呼んでくれる存在がいなかったので」


少し困ったような顔をして笑った。


「じゃあ、俺が決めても良い?」


学の提案に、困惑しながらも頷く青年。学は、じっくりと考え、ふと、小さく


かたる


そう呟いた。


国永語くにながかたるでどう? この世界を末永く見守っていく者。見守ってきた者。この世界を語ることができる、唯一の存在。国語も得意そうだし、俺とお揃い的な」

「お揃い、ですか?」

「俺の本名、数間学かずままなぶ。仮名を使っていたけど、そろそろ本名でも良いだろ。赤の他人じゃなくなったし」

「……あぁ、ですね」


その道に長けたものを『先生』と呼ぶのなら、確かに、遊び心のあるネーミングだった。


「では、今後はあなたのことを、『学くん』とお呼びしますね」

「俺はアンタを『語』って呼ぶよ」


互いに、互いを、確かめ合う。不自然な沈黙が生まれ、なんだか、くすぐったい気持ちになる二人。だが、そこには確かに『幸せ』を感じていた。

 微笑みの後で、語は言う。


「学くん、いつか必ず、あなたの愛で僕を殺してくださいね」


学は一瞬だけキョトンとした後、


「絶対に殺してやるさ。だから、語、アンタも俺を殺してくれよ。離さないから、離さないでいてくれ」


優しい声で、満面の笑みを返した。


「さぁ、この世界ものがたり終末けつまつを見届けようか」

「えぇ。きっと、共に」




 《あなたの愛で僕を殺して》




 ある村に、立ち入り禁止区域とされている、通称・死神の森、という森がある。言い伝えによると、その森には二人の青年が住んでいて、彼らに関わった人間は死ぬ、とのことだ。現にその森に入って帰ってきたものはいない。そのため、森には誰も入らないように、厳重に入り口が塞がれている。


 彼らは尽きることのない命に苦労しつつも、支え合い、痛みを分かち合いながら、末永く、幸せに暮らしているのだとか。

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あなたの愛で僕を殺して 葉月 陸公 @hazuki_riku

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