11.寝息と筆記音


 旅は道連れ世は情け袖振り合うも他生の縁。かくもこの世は人が多い。


 敵モブを拾ってしまった。しかも激レア特殊エネミーの。


 彼方の落とし子。

 という【幻棲生物】がいる。黒山羊の脚に、人の上半身。獣人に近いが、そこまでの知能は無い。なによりも目を惹くのが、頭に生えた銀河を宿すツノ。滑らかで超高密度の魔力を秘めるそれは、高位の魔法のアイテムや武器の素材となる。

 彼方の落とし子自体が低確率でしか現れないうえ、その角に至っては100体倒してもドロップしないなんてザラ。しかもドロップ増加のバフは効果が無く、ひたすら運に願うしかない。

 オークションでの基本価格は大体一個999999チカ。一瞬桁がわからない。


 さてそんなガチ勢泣かせのモンスターが私の部屋でホットミルクを味わっているわけだが、これはいったいどういう事だろう。


 そもそもの発端は、シリーズものの構成に煮詰まり、嫌になって部屋を飛び出したことから始まる。


 別にこの世界に編集はいないし、締め切りも設定されているわけでも無い。だがしかし、変わり映えのしない景色で一人アイデアをひり出していると、どうにもその場から逃げたくなる。これは私の悪癖のようなものだ。


 だから、気晴らしに都市近くの草原に出向いたのだ。都市周辺ならハッキングで安全圏にした範囲だし、まだNPCがいても違和感は無い。

 しかし都市を歩いてまたスリだのに巻き込まれるのは面倒だし、今は人に会いたくなかったのでシステムに干渉して己の座標をずらす……いわばワープを使ってみた。


 すると、目の前には件の彼方の落とし子が。

 しかも敵性AIにしては挙動がおかしく、表情も強張っている。不思議に思って観察していたら、突然話しかけられて今に至る……というわけだ。

 私の部屋には行きと同じようにワープを使った。モンスターを都市に入れたなんて知られるわけにはいかない。


「そろそろ自己紹介をしましょう。私はレシモ、ここ【プログレ】の住民です」

「ぷろぐ……?」

「街の名前ですよ」

「……‥僕の……名前、は……」


 ホットミルクで体が温まったのか、それとも安心したのか、彼方の落とし子はゆるゆると瞼が閉じれなくなっていく。思考も覚束なくなっていそうだ。

 言葉や態度から見てまだ子どもだろうし、訳アリな雰囲気があった。疲れていたんだろう、特に精神的に。

 電子の身体に疲労は無いが、精神は別だ。この子の正体がなんであれ、モンスターとして私を害する気が無いなら、寝かせておくのも損は無い。この出会いも何かの縁だ。


 店の部屋の奥、本当に申し訳程度の寝室に彼を抱き上げて運ぶ。ヒョロいインテリには少ししんどい重さだが、落とさないように慎重に。

 たった6畳ほどの部屋にはベッドとクローゼット、あと姿見がひとつずつ。簡素なものだ。

 しっかりベッドメイクがされた──というか私はこの世界に来て寝たことが無い──ふかふかのそこに彼? 彼女? を寝かす。おそらく彼だと思うが。


 すやすやと寝息を立て始める幼子を見て、起こさなかったとホッとする。

 前世の私は未婚であり、子どもなんて考えていなかった。恋愛経験は何度かあったが、添え遂げるとなると私の性格はちょっと違うらしい。「ドキドキが足りない」と言われたのはいつだったか。小説にかまけすぎたか。

 とにかく身近な子どもは正月に会う姪っ子くらいで、慣れていないのだ。扱いに。


 ここでピロンと通知が鳴る。オークションで本が売れたらしい。

 相変わらず最低値で競りは発生していないようだが、定価で買ってもらえているなら私はそれで構わない。財布の中には1500チカが振り込まれていることだろう。

 次の本はまだ先になりそうだが、作家生活は軌道に乗っているようでなによりだ。


 ネタ出しに戻ろうとベッドから立ちあがろうとする。しかし、それは腰を数ミリ浮かしたところで止まった。

 眠る子どもが、私のベストの裾をしっかりと握りしめていたのだ。寝ているというのに握力が強い。

 これでは動けないし、シングルベッドは狭く子ども1人が寝たら私は端に座ることしかできない。

 身動きが取れなくなってしまった。


 仕方なくネタ帳と筆記具を引き寄せ、ここでネタ出しをすることにした。

 幼子の寝息をBGMに、筆記音が時折響く。

 薄暗い室内は穏やかだった。


 *


 寝てしまっていた。

 起きた時、やっぱり殺されたのかと一瞬悲しかったけど、ちゃんと隣に男の人はいた。ベッドのはじっこに座って、なにか手帳に文字を書いていた。

 僕の右手には男の人の服の裾があって、掴んだまま寝ていたのだと察した。なんてことをしてしまったんだろう。こんなこと看護師さんにもしたことがないのに。僕は恥ずかしくなった。


 でも、振り解かず起こさず横にいてくれたのが、嬉しかった。この人はやっぱりいい人だ! 今までの人とは違う、きっとそうだ。

 それでもまだ僕の不安は完全には晴れていなかった。何度も殺された記憶が、トラウマになってすっかり頭の中に根付いてしまったらしい。怖い人たちが近くにいないか、この人まで一緒に殺されるんじゃないかと嫌な予想を立ててしまう。


「あ、あの……」

「……ああ、起きましたか。よほど疲れていたようで」


 不安なまま吐き出した声はか細いものだったけど、男の人はちゃんと気づいてくれた。

 変わらず穏やかで平坦な声で、やっぱり僕に対してあまり関心が無いようだった。

 それでも、その一律な声色のほうが僕は落ち着く。


 男の人の服を手放して、上体を起こした。……手放す時、ちょっと寂しかったのは内緒だ。

 改めて見ると男の人は綺麗な見た目をしていて、賢そうだ。

 でも、お医者さんやお父さんとは違う、よくわからない。


 とにかく、僕は初めて意識を失っても同じ場所にいたらしい。

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作家NPCー不可視のペン先は紙を紡ぐー 山茶始 @tokumki_KP

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