空き部屋の密室

亜夷舞モコ/えず

空き部屋の密室

 管理会社の男は、外にこっそりと取り付けられたボックス型の鍵入れから、アパートの鍵を取り出した。そのままエレベーターに乗って三階へと向かう。

 目的の部屋へ、内見の客を案内するために。


 普段通りの他愛もない会話をしようとするが、その話はいつも通りに弾まない。それどころか、その客は目も合わせず、ずっと上の空だった。


 構わず営業トークを繰り広げながら、エレベーターを降りて部屋へ。ドアを一つ、二つ通り過ぎて真ん中の部屋。

 そこが案内する空き部屋だった。


 最上階で、壁は厚く、変な噂もない。

 たまたま開いた優良物件であった。

 

 そんなことを簡単に説明しながら鍵を開ける。扉を開けた瞬間、何か変な臭いが中から漂ってくる。

 何の臭いだ?


 男は自分と客のスリッパを急いで準備し、すぐさま部屋の中へと向かっていく。客の方もそれに続いた。

 玄関とリビングを分ける扉を開ける。

 

 リビングには、人が倒れていた。

 

 入り込めないはずの空き部屋の真ん中に、人が大の字になっている。その胸には巨大なナイフが生えていた。間違いなく死んでいる。シャツを真っ赤に染めるほどの血が溢れ、リビングの真ん中に水たまりを作っていた。


 死んでいる!

 客と共に半分パニックになりながら、それでもしっかりと周りを見ながら、冷静にケータイを取り出した。警察に連絡をしなければ。


 しかし、どうだろう。

 窓の方には、鍵も雨戸のシャッターもしっかりと締まっている。

 そちらから入れるわけもなく、中に誰かが隠れていることもなかった……


 じゃあ、どこから?

 犯人は、どうしてここに?

 そして、どうやって殺したんだろう?

 



      ◇



「で?」

「でって、何ですか?」


 今まで事件の概要を語っていた助手は、探偵の言葉を聞き返す。


「いや、そこまで分かっているんなら、最終的な結論まで分かっているんだろうってことだよ」

「折角なら推理してもらおうかと思ったんですけど」

 そう言って、彼女は頬を膨らませる。

「いや、登場人物二人しかいないんだから、犯人は――」

 

 

 犯人は、客の男だった。

 一緒に住む部屋について小さな諍いを起こしていた男を呼び出して、室内で殺したのだという。

 管理会社の管理はテキトーで、ダイヤルロック式の鍵ボックスは残り一桁をずらせば開くという仕様になっていた。空き部屋にこっそりと入り込むと、彼は呼び出した男をナイフで刺し殺したのだという。

 

「なんで入居しようとした部屋で、犯行に及んだのかが分からんよな」

「それは、ほら――」

 

 彼女は、指を立てて気取って言う。


「事故物件なら、家賃が安くなるでしょ」

 

 その答えには絶句だった。

 本当に、その通りの供述だったらしい。

 一緒に住もうとしていて、裏切った友人。

 だったら、その命を持って家賃を値切ってもらおうというのは、恐ろしい思考だ。

 対して、探偵は言う。

 

「俺なら自分を恨んでいる奴が死んでるところに住みたいなんて思わないけどな」

「あれ、もしかして幽霊とか信じている口ですか?」

「うるせえ、そんなんじゃねえよ」

 

 叫びが部屋を超え、フロア中に響いた。

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空き部屋の密室 亜夷舞モコ/えず @ezu_yoryo

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