美しいお方に住宅の内見をさせてもらうのは光栄ですが

結 励琉

第1話 まずはここからご覧いただきましょうか

「では、まずはここからご覧いただきましょうか」


 そう言って私に住宅を見せてくれたのは、それはもう美しいお姿の方。私のいわば道案内役で、いろんな部屋を見せてくれるらしいが、こんな美しい方にご案内いただけるとは、光栄の至りである。


「この住宅の特徴は開放的で、とてものんびりできるところですね。こんなに広々としたベッドはほかにはありませんよ」


 それはまあ、そうなんだけど。ダブルどころではなく、キングサイズもはるかに超えている。でも、でもなんだけど。


「あの、ここ、どう見ても馬小屋なんですけど。ベッドっておっしゃってるのも、馬小屋の隅に藁が積まれているだけのように見えるんですけど」


「ええ、それが何か? この藁が全部ベッドだと思えば、こんなに伸び伸びと寝られるところはありませんよ。それのどこがご不満でしょうか」


 いや、いくらなんでも、馬とは一緒に寝たくはない。


「できれば、馬と一緒ではなく、いわゆる『家』に住みたいのですが。住宅をご案内くださっているのですよね」


「でも、ここからスタートする方も多いのですけどね」


 案内役さんは、その美しいお顔を傾げてそう言った。


「お願いですから、もう少しランクアップしていただけないでしょうか」


「仕方ないですね、それでは次の住宅にご案内いたしましょう」


 馬小屋を「住宅」と言うのはさすがに無理があると思う。


「それでは、この住宅はいかがでしょうか。馬小屋ではなくて、ちゃんとした『家』になっていますよ」


 いや、さすがに家なのはわかるけれど。


「ベッドはどこですか?」


「ほら、あそこに。コンパクトに収納されているので、寝るとき以外はお部屋を広々と使えますよ」


「あれ、どう見ても茣蓙なんですけれど。茣蓙が丸めてあるだけなんですけれど」


 いわゆる掘っ立て小屋で床は土のまま。そこに茣蓙を敷いて寝ろという訳か。


「あなたが馬と一緒はイヤだと言うから、ちゃんとした、人が住む住宅を用意したのに、こんなワガママな人はいませんよ」


 案内役さんは、非常に不本意だという表情をした。それでも美しい。


「いや、せめて床くらいほしいです。土の上じゃ、堅くて眠れませんよ」


「だから馬小屋の藁をお勧めしたのに。仕方ないですね。次は大サービスですよ」


 そんなに無茶を言っているつもりはないのだが。


「さあ、ここならどうですか。ちゃんと床もあるでしょ」


 家の中は半分は土間で、半分は木で床を張ってある。しかし、ベッドはやはり見当たらない。


「ベッドはどこですか?」


「ベッド? ほらそこにあるでしょ」


 やっぱり茣蓙かい!


「床が張ってあるから、土の上よりは格段に寝心地はいいですよ」


「いや、それでも堅くて眠れそうにないんですが」


「ここでもダメだと言うのですか。それでは住宅の内見はいったん終わりにして、事務所に戻りましょうか」


 案内役さんは、その美しいお顔を曇らせた。


 事務所と言うのは「転生事務所」。転生者に転生に関するあれやこれやを説明するところだ。ちなみに、事務所で働いているのはすべて神様で、俺を案内してくれたのも女神様だ。


 女神様にわざわざご案内いただいたのは、確かに光栄ではあったのだが。


「さて、あそこもいやだここもいやだとおっしゃっては、転生先の住居は決まりませんよ」


「いや、さすがにお見せいただいたところでは、きちんとした生活はできませんよ。せめて普通の家で暮らしたいです」


「最初に言わなかったかしら。住居のような転生先の待遇と、転生時に付与されるスキルはトレードオフだって」


「お聞きしましたけど、トレードオフのレベルが厳しくありませんか。そこそこのスキルでそこそこの家で暮らせることが基本じゃないんですか」


「そうは言っても、こっちにも予算ってものがあるんですよ。昔は転生希望者が少なかったからよかったのですけど、今はなぜか転生希望者が激増してしまったのでね」


 それはまあ、ラノベやアニメの影響なんだろうけれど。


「そうしたら、俺の希望のスキルだと、どんな住居になるんですか」


「あなたは……そうそう、一流のパーティに入れる勇者のスキル希望でしたね」


「それだと、馬小屋になっちゃいますかね」


「勇者スキル、勇者スキル……ああ、それはかなり高度なスキルですから、今のうちの予算だと……野宿でした。住宅の内見の必要はなかったですね。お疲れ様でした」

 

                                     了

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