屋根裏の内見者

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屋根裏の内見者


「どこでも良いっていわれてもですねぇ」


 不動産屋に駆け込んだ僕の担当をしたのは、どことなくさえない若手社員だった。


 名札には『掛川』と書いてある。


「ほんっと安ければどこでもいいんです。寮を追い出されて……」


 僕は手を合わせて掛川さんを拝み倒す。


 入社早々に世間の手荒い洗礼を受けてくじけた僕は会社を辞めた。


 それに伴って社員寮も追い出されることが決まり、実家にも戻れない僕はとにかく住むところを探す羽目に陥った。


「でも会社辞めちゃったんでしょう? 貸すに貸せないんですよね〜」


 そう言われればそうか。


「いや、もうバイトもすぐ決めて来ますんで、そこをなんとか!」


「うう〜ん」


「大見得きって自分の持ち物全部持って来ちゃったんです。趣味で本もたくさんあって、これだけは捨てられなくて」


「本棚三つ分って相当な量ですよね。何を読むんですか?」


 手を止めずに掛川さんは聞いてくる。


「小説が多いです。推理小説とか流行りの物とか」


 正直にいうとほぼ推理小説だ。初対面の人には恥ずかしくて打ち明けられない。


「自分はあまり本を読まないのですが、趣味の物を手放せないお気持ちはよくわかります。でもなぁ……うう〜ん」


 唸りながらも掛川さんは資料の入ったバインダーファイルをめくっていく。


「あ」


 彼の手が止まり、開いたページがくるりとこちらに向けられる。


「平井貸家……?」


 いかにも古そうな名前と外観写真に流石に躊躇するが、説明を聞いて僕は目が覚める思いがした。


「蔵書家には向いてると思うんです。平屋だから床の心配しなくていいですし」


 蔵書家!


 誰にもそんなこと言われたことない!


 それに確かに本の重みで床が抜ける心配はない。


「四部屋が連なった作りでして、古いので人気にんきがないと思えるのですが、たまに満室になるんです。家賃が安いからかな? あ、今は三部屋埋まってます」


 平屋で屋根裏が繋がった作りらしい。それだけで僕は胸が躍った。まるであの『屋根裏の散歩者』みたいではないか。


 一応、家賃も聞いてみる。


「家賃はおいくらなんですか?」


「駅からも遠いので月五千円です」





「ええ、とにかく古いのでね、安いんですよ」


 古くさい鍵をじゃらつかせて説明する不動産屋の掛川さんはうれしそうだった。


 実際に見に来ると、確かに古い。


 目の前の建物は築何十年と経っているのがみて取れる。もしかしたら昔の市営住宅の名残りかとさえ思えた。


 促されて中へ入ると経年劣化も甚だしいが、それを補うな雰囲気が僕を魅了した。


 十畳一間、と言った感じか。


 それに小さなキッチンとボロの風呂トイレが付いていて月五千円は普通ならありえない。


 それに押し入れもついている。


 平屋は抵抗なかったし、何よりこの建物は別の意味で僕を虜にしている。


 各部屋の天井裏がつながっているという点だ。


 まさにあの有名な『屋根裏の散歩者』さながらの建物ではないか。


 実はここだけの話、その平屋の作りが僕の中の狂気に火をつけた。


 誰でもいいから殺してみたい。


 あの『屋根裏の散歩者』になるのだ。


 そう夢想したとき、軽快な着信音で我に帰かえる。掛川さんの携帯スマホだった。


「すみませ〜ん、ちょっと電話して来ていいですかぁ?」


 僕は快く頷いた。


 なんなら長電話しても構わない。


 彼が話しながら家の外に出たのを確認すると、僕はすぐさま押し入れを開けた。上の段に飛び乗ると天井板をそっと押してみる。


 天井板は抵抗なく外れた。


 埃を気にしながら天井に開いた暗い穴に頭を入れると、意外にも綺麗である。蜘蛛の巣も埃も無い。


 なんという幸運か!


 屋根裏に入るのに汚れるのを気にしていたが、これなら安心して人殺しに向かえる。


 僕は口元が緩むのを抑えきれなかった。


 元通り天井板を戻すと、何食わぬ顔で畳の居間に戻る。ちょうど掛川さんも戻って来た所だった。


「ここ、気に入りました。決めたいと思います」


 早く入居して、あとはゆっくりと屋根裏を歩き回るのだ。


 それから被害者の観察をするんだ。


 あの主人公と同じに、無理に犯行を急ぐことは無い。


 そうそう、毒薬を手に入れなければ。


 足が付かない奴がいいなぁ。


 ダークウェブとかで手に入るだろうか?


 それとも自前で探す方が無理がないかな?


 僕の前向きな返事に掛川さんは思いのほか喜んだ。


「やあ、それはありがたいですね。この建物は入れ替わりが激しくて——おっとすみません。せっかく気に入っていただいたのに」


 いやいやこちらこそこんな理想的な平屋を紹介していただいて感謝します。


 そう言いたかったが我慢した。


 ああ早く屋根裏を歩きたい。


 天井に隠し穴を作りたい。


 うきうきした気分で新生活を夢見る。


 僕にとっては好条件の賃貸だ。


「ねえ、掛川さん。なんでこんなに安いんですか? いえ、ラッキーだなって思っちゃって」


 喜びを隠しきれず、つい饒舌になる。


 掛川さんは「あー」と呟くと頭をかきながら言いにくそうに答えた。


「なんかこの家、やたらと人が死ぬんですよね。屋根裏からイタズラされて」




 完

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