縄文シンドローム
独立国家の作り方
12000年の憂鬱
「どうですか、年代の割には、なかなか良い物件でしょう」
案内をしてくれた男は、にこやかに住居を案内してくれる。
たしかに、割と立派な作りに、年式もそれほど古くは感じられない。
太い柱、立派な梁、最新の土ぶき作り。
ただ、住居の中を見て、俺はやはり躊躇した。
なぜなら、この
「どうです?、もう何人か検討されているんですよ、迷っているのなら、早い方がいいと思いますけどね」
独り身の自分が、こんなファミリータイプの大きな竪穴式住居、やはり迷ってしまう。
俺は、一人で静かに居られれば、それで良かった。
「お客さんは、どんな住居がお望みなんですか?」
「ああ、そうですね、静かに冬眠出来る物件なら、小さい方がいいんですが」
すると、案内役の男は、少し俺の事を侮蔑の表情を浮かべながら、見下してくる。
、、、ああ、またか。
長かった氷河期を終え、この時代、冬眠をする人種は珍しい。
珍しいと言うか、最近では怠け者のように軽蔑さえされてしまう。
人類は、冬眠することを、忘れてしまった。
だから、今時冬眠なんてしている男は、女性からも軽蔑され、モテない。
俺は、これからずっと独り身なんだろうな。
体質なんだから、どうしようも無いじゃないか、冬になると、とにかく眠くなるし、住居から出たくなくなる、メンタル的にも沈んでゆく。
食欲も無くなるし、力が出なくなる。
少し前の人類は、みんな冬になると、竪穴式住居の中で火も焚かずに冬眠したものだ。
冬眠はいい。
食べなくても空腹感は無いし、人と接しなくても生きて行ける。
何より、あの雪と、鉛色のぶ厚い雲を見なくて済む。
どうしてみんな、冬眠しなくて平気になってしまったのだろう。
氷河期の頃は、良かったな、必要最小限の狩りをして、肉は凍るから腐ることもない。
食べたい時に、食べる分だけ焼いて食べて、無くなったら狩りをする。
それが、今では「季節」という厄介な現象が起こるようになったから、肉以外にも、木の実や魚、山菜や貝を含めて季節ごとに食べる物を変えなければならない。
昔は良かった、肉だけを食べていれば良かったのだから。
俺のような不器用な人間だけが、時代から取り残され、
最近は、狩りが出来るだけの男なんて、女性は全く興味を示さない。
縄文カレンダー通りに、季節ごとの食べ物を獲得出来る男こそが、トレンドなんだ。
、、、、どこで間違えたんだろう、人類は。
案内役の男に、もう少し内見したいと伝えると、少し時間をもらえた。
竪穴式住居の中は、中央に
すぐに生活ができるよう、縄文土器も数点置いてある。
屋根は藁ぶきではなく、土ぶきで、夏はひんやりと涼しく、冬は焚火の熱が外に漏れにくい。
夏には屋根の上に青々とした草が生え、強い日光を遮って、家族を守った事だろう。
ここでは、中堅クラスの家族が、きっと幸せに過ごしていたことが良く解る。
そんな事実が、今の俺の心には、どうも合わない。
きっと、ここに住んでいた家族は、もう冬眠なんてしない世代、イケてる人類、所謂勝ち組。
やめよう、この物件。
きっと、心がザワザワして、落ち着いて冬眠なんて出来ない。
季節はもう秋、俺は冬眠に向けて、気持ちのスイッチをオフにしなければいけない、、、いや、もうすぐ多分、オフになる。
そうすると、自分は春まで世の中の事に興味が無くなる。
メンタルが落ち込んで、そして体温が急激に落ちて、動かなくなる。
意識はあるけど、とにかく眠い、だから寝続ける、いつまでも、明けない夜明けのように、俺は眠り続ける。
昔は良かった、みんなそうして寝続けたのだから。
今では、春まで寝ている人間は、変人扱いだ、怠け者だと思われている。
今の人間は、寿命が短い、冬眠をしなくなったからだ。
セカセカと生き急いで、50年も生きたら直ぐに死んでしまう。
縄文
昔は良かった、セカセカ生きなくても、ゆっくりしていた。
みんな300年以上は生きていられた。
だから、人の数は少なかったけど、みんなゆっくり生きた。
老いるのも、ゆっくりだったから、結婚相手もゆっくり時間をかけて見つけた。
今の人類は不憫だ。
50年しか生きられないから、みんな結婚相手も必死で探す。
無理もない、早く結婚して子供を作らなければ、種が滅んでしまうから。
結婚するような相手なんて、そんな近所にいるわけないじゃないか。
男はみんな、狩りをしながら旅をした。
そうして、生涯を共に出来る相手が現れるのを待つのだ。
だから、妻を見つけるのに70年を要した。
今ほど人間が多くない時代、生涯の相手を見つけるのはそれだけ難しかったから。
それでも、時間をかけて見つけた相手は、本当に気の合う同士のような存在だった。
結婚をすると、男は旅をやめ、小さな竪穴式住居を得て定住した。
長い夜には、焚火の火に照らされた天井を見ながら、妻と遅くまで話をするのが楽しみだった。
昔は良かった、今のように人は争わなかったから。
人が人を蔑むこともなかった。
人にランク付けする習慣そのものが無かったから、誰もがお互いを尊敬しあい、尊重していた。
昔は良かった、哲学があった。
食べ物が腐らないから、食べるために努力する時間が、今よりずっと少なくて済んだ。
人類が「火」を自由に扱えるようになってから氷河期が終わるまで、人は哲学を大事にした。
竪穴式住居の天井を眺めながら、ゆっくりとした時間の中で、この世の
俺のように、ペアに先立たれた旧人類は不幸だ。
価値観の合う人間と巡り合う事は奇跡に近い。
寿命が短くなって、この極東の島国が、最後の砦だった。
もう、長寿でいられる人類は、この倭国以外に、もはや存在しないだろう。
昔は良かった、昔は、、、。
俺は、この物件を諦めようと思った。
さすがに、ファミリータイプは広すぎる。
もう少し小さな、一人部屋がいい、そうだ、小さな竪穴式で十分だ、、、俺は一人なんだから。
正確な年齢という概念が無いから解らないが、俺ももう300歳くらいになるんだろう。
見た目が若いから、怠け者の若者と思われているようだが、妻を亡くした集落には、さすがに悲しくて、一人で冬眠出来る自信がなかった。
もう、何十年も前の話だというのに。
いい加減、気持ちを切り替えないといけないと解ってはいるのだが。
寿命が長いのも、考え物だ。
価値観を分かち合える人がいなければ、人生は孤独だ。
「どうですか?、いいでしょ、この竪穴式住居、もう一人、迷っている人がいますから、どちらか早いもの勝ちですからね」
「、、、そうですか、いや、俺には、少々広すぎるようで、、、もう一組の方に、お譲りしようかと思っていたんですよ」
「え、勿体ない、最近では掘り出し物の物件なんですけどね。そう言えば、もう一人の方も、同じような事を言っていましたね、なんだか、貴方と少し似ている印象を受けますが」
へえ、そんな人もいるんだ。
「その人も、一人で冬眠するには、広すぎるって、貴方と同じ事を言うんですよ」
ん?、、、冬眠?、、旧人類か?、俺と同じ。
まだ、俺以外にも、残ってたんだな、長寿の人類なんて。
そうか、ちょっと会ってみたい気もするが、、、まあ、お互いもうすぐ冬眠なんだから、関係無いのだけれど。
「ああ、丁度、来なさった、この人ですよ、もう一人の購入検討してた人」
、、、、えっ、、俺はその人を見て、少し驚いた、、、
麻のツーピースに束ねた長い黒髪の、、、女性だったのだから。
この人も、冬眠を?。
「こんにちは、初めまして、貴女も冬眠用の物件を?」
「ええ、最近は冬眠する人が少なくなりましたからね、そう言う丁度良い狭さの物件って、あまり無くて困っているんですよ」
なんだろうか、、、、久々に感じるこの胸騒ぎは。
300年生きていて、それと巡り合う事は奇跡のような出来事。
直感で解る、この女性は、哲学を語り合える、きっと自分の哲学を持っている。
「俺も困っていたんですよ、一人で冬眠するのには広すぎて。やはり、冬眠は狭い方が居心地いいんですよね」
「あ、それ、解ります!、私も広いと冬眠出来ないんですよ。いいですよね、狭い住居で丸まって春を待つって」
ああ、この人、やっぱり、俺と同じ人種だ、俺と同じ人類なんだ。
、、、今度、鹿狩りにでも、誘ってみようか。
今年の冬は、もしかしたら一人の冬眠にならずに済むかもしれない、と俺は少しだけ期待に胸を躍らせた。
縄文シンドローム 独立国家の作り方 @wasoo
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