第三章 エルフと獣人の森 イオフィリア

第30話 森林

ペトリでの戦闘の傷も癒え、稽古や業務にも復帰するようになって数週間。


「これで全員か?なら始めるぞ。」


俺たちは緊急会議のために召集されていた。


「まずはレジリア、エスト、レイ、そしてカイン。ペトリへの訪問ご苦労様だった。」

「いいなぁお前ら。俺も『教団』のヤロウと戦いたかったぜ。」

「めったなことを言うな。ペトリでは死者も出てるんだぞ。」


カロニアさんの言葉をジャックさんが注意する。カロニアはばつが悪そうに縮こまった。


「…ジャックの言う通りだ。被害は最小限に抑えられたと思いたいが、ペトリの強力な能力者と我が国の騎士団が4人もいてこの惨状だ。」


ライオット団長の言葉にはっとする。そして同時に、「教団」の男を退けただけで満足していた自分に気づいた。胸の中で何かが蠢くような感触を覚えた。


「カイン君、大丈夫?」

「…!あ、なんでもないです。」


ラーベルクさんに声をかけられ、意識を会議に戻す。


「これからは世界各国に協力を促し、対『教団』の特別体制を敷き、全力で奴らの計画を阻止する。」

「…団長、その『計画』って?」


ラムザの問いかけに、団長はひとつ息を吐き、答えた。


「襲撃してきた幹部と見られる両名、そして各地で捕らえた構成員、誰もが共通して口にしている言葉がある。…曰く、その目的は「神の復活」。」

「『神』…?」


思いもよらない言葉に、皆が首を傾げる。その中で一人、ラスニアさんだけが苦い顔をしていた。


「この世界に神は一人…初代聖皇リオン様しかいない。」

「だからって、そんなおとぎ話みたいな…」

「復活が何を指しているかはわからんが、彼らは歴史を繰り返そうとしているのかもしれん。」

「あの大戦を!?」

「もしそれが本当なら、とんでもないことになってしまう…」


話が飛躍しすぎて頭がついていかない。


「落ち着け。」


ヒートアップした会議を団長が収める。


「『教団』の目的、その構成員も全て把握できているわけではない。だからこその他国への協力要請だ。」


姿勢を正す。


「ペトリには既に要請してある。トルラフにはラーベルクとレジリア、ヌサにはジャックとカロニアに行ってもらう。騎士団の業務に支障が出ないよう、時期をずらして行うように。」

「ライオット、ひとついいか。」


ラスニアさんが声を上げる。


「私にも行かせてほしい。」

「…『イオフィリア』にですか。」

「そうだ。確かめたいこともある。」


その名が出たとたん、部屋内の空気が変わった。「イオフィリア」とはこの国のはるか西方にある大森林だ。しかし、「国」ではない。いったいどうして…


「確かに、協力していただけるのであれば、これ以上ない力となる…だが、リスクも…」

「心配するな、私に任せろ。」


重苦しい空気の中、団長は目を閉じ、少ししてまた開いた。


「わかりました、許可します。」

「ありがとう。」


その後の会議は定期連絡と今後の警備方針で固められ、日が落ちる前に終わった。




「久々の休暇か~」

「当分はリオンで警備がメインになりそうっスね。」


日が落ちきった街で、俺とエストは家路をたどっていた。レイの傷は既にほとんど癒えているようで、「日課がある。」と誰よりも早く帰宅していた。


「お互い早く怪我を治して、業務に専念しないとな。」

「体なまっちゃいそうっスもんね!じゃ、また!」


エストの背を見送り、自分も分かれ道を曲がる。


その時、身体が宙に浮いた。


「は…!?」

「静かにしてろ。」


声の主はラスニアさんだった。


「え?俺帰るところなんですけど…」


反抗の言葉もむなしく、奇妙な浮遊感の中、俺は連れ去られていった。




「どうしてこんなことに…」


入団したての時に見た、植物が生い茂る部屋。その真ん中のテーブルには二つのカップ。澄んだ色をしたハーブティーが鼻腔をくすぐった。


「どうした。遠慮せずに飲め。」

「ありがとうございます…じゃなくて、これはどういうことですか。」


一口飲むと、温かいハーブティーが疲れた体に染み渡った。


「最近、体の調子はどうだ?」


無視かよ!と言いたくなるが相手は上司。ぐっとこらえる。


「悪くないですよ。怪我も回復してきています。」

「そうか。」


ハーブティーを一口すすり、ラスニアさんはカップを置いた。


「単刀直入に言う。私と共に『森』に来てくれ。」

「イオフィリアのことですか?俺なら今回はリオンに残って…」

「…『森』とリオンの協力関係構築には、お前が必要なんだ。」

「え…?」


いまいち話が掴めない。


「これ以上は話せない。」

「ちょっ…話してくれなきゃわかんないですよ!」


抑えていた不満が溢れ出る。


「いきなり連れ去られて、何をするのかと思ったらイオフィリアに行く!?いくら何でも急すぎますよ!せめてちゃんと説明してくれないと…」


そこまで言ったところで、急に視界がぼんやりと揺らいだ。


「あ…れ…?」

「悪いな。そのハーブティーには睡眠作用のある植物を使っている。」

「な…ん…で…」


ぐらぐらと揺れる視界の中、ラスニアさんの顔を睨みつける。


「…すまないな。」


エルフ特有の白い肌には、悲哀とも郷愁とも似つかぬ感情が、影を落としていた。




騎士団本部には、二人の人影があった。


「ジャック、頼んだは?」

「できてるぜ。」


目の前に置かれたのは、書類の山。一つひとつにこの国の警備部隊員の名前や略歴が記載されている。いくつかの名前には、印がつけられていた。


「時間はかかったが、中枢から末端の構成員まで調べ上げた。のは印をつけてある。」

「助かる。ありがとう。」

「しかし…本当なのか?内部にがいるってのは。」


ライオットは神妙な顔をしてうなずく。


「リオンにいては危ない…そう思って国外に出したが、この結果だ。」

「公には情報を伏せてる。そうなるとやっぱり…」

「ああ、内通者の存在を疑うべきだろう。」


ジャックは頭をばりばりとかき、ドスンと椅子に腰を下ろした。


「嫌なもんだな…仲間を疑うってのは。」

「そうだな…だが、そうも言っていられない。一歩間違えば、が滅ぶ。」

「『神の復活』か?会議では盛り上がってたが、おとぎ話みたいなもんだろ?どうしてそんなに…」

「あれはおとぎ話なんかじゃない!」


大きな音を立てて立ち上がり、声を荒げる友を見て、ジャックは動揺した。書類が何枚かひらひらと落ちる。


「…すまない。今日はありがとう。ヌサとの協力の件、よろしく頼む。」

「あ、ああ…」


背を向けて部屋を後にするライオットの姿を見送り、ひとり取り残されたジャックは虚空を見つめた。


「大変なことになってきたな…」


その時、部屋の隅に気配を感じた。振り返り、その一点を見る。


カーテンが、夜風に揺らめいていた。


「なんだよ、驚かせやがって…」


窓を閉め、ジャックもその場を後にする。


夜の闇が、一段と深く街を包む日のことだった。

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