閑話 留守番

「おい、ライオット。」

「…ここでは団長と呼べ。」

「誰も聞いとりゃせんわ。邪魔するぞ。」


騎士団長執務室。黙々と書類の山を片付ける騎士団長にちょっかいをかける。


「もう訓練は終わったのか。」

「おう。だいぶ使い物になってきたな。来週あたり、警備部隊に配属させる予定だ。」


話しながらも、彼は手を止めない。


「心配なのはだ。レジリアはそもそも戦闘向きの能力じゃない。もし敵が襲撃してきたら…」

「彼は優秀な人間だ。だからこそ、引率に任命した。新人三人も、いざとなれば自分の身を守り切ることができる力がある。」

「『教団』の戦力は計り知れんぞ。内部構造もよくわからん。捕らえた構成員も末端すぎて情報が出てこん。…何より、あの『能力』。異質すぎる。」

「解析結果は出たのか?」

「今夜だ。ラスニアさんの『部屋』でな。」

「…そういうことは早く言え。」

「お前が仕事に夢中だからだろーが。ったく、仕事バカがよ。」


ライオットはそこで初めて手を止める。溜まった書類を別の棚に移し、また別の書類の山を運んできた。


「うわ…まだあるのかよ。」

「せっかくだから手伝え。どうせ夜まで暇だろ?」

「ごめんて。」

「なぜ謝る?あとこれは『団長命令』だからな。」

「あーくそ!お前、ここまで読んでやがったな!」

「私をなんだと思っているんだ。」


しぶしぶ書類の積まれた机の前に立つ。あまりの量にめまいがした。


「ほら、今日中に片付けるぞ。」

「無理だろ!」

「大丈夫だ。やれば終わる。」

「そういう問題じゃねぇ!」


しばらく作業をする。慣れない仕事に、体が強張っていくのを感じた。


「さっきの話だが…」


突然、ライオットがぽつりとつぶやく。


「いや、悪かったって。ただの軽口だろうが。」

「その話じゃない。」


ライオットは、暗い顔をしていた。


「本当は私も心配だ。彼らだけに任せてよかったのか。私が行くべきではなかったのか。…レイは、無事で帰ってくるだろうか。」

「ふっ…お前もすっかり父親だな。」

「笑うなよ。」

「いやぁ、感慨深くなっただけだ。大丈夫だろ。レイ嬢の強さは俺が保証する。」

「なぜお前に保証されなきゃいけないんだ。」

「あの子に戦い方を教えたのは俺だぞ?」

「引いているのは私の血だ。」

「親バカだな。」

「当たり前だ。」


にらみ合った後、吹き出す。執務室に、小さな笑い声が響いた。




「遅かったな。」

「すいません、ラスニアさん。こいつの手際が悪くて…」

「お前が話しかけてくるからだろ。結局1時間も集中できてなかったじゃないか。」

「あんなに量あったら誰でも気が滅入るってーの!」

「ははっ。相変わらずだな、お前らは。早く入れ。ラーベルクはもう着いてるぞ。」


「部屋」に入る。エルフの「魔法」で普段は隠されている、特製の場所だ。重要な話をする時は役に立つ。


「あ、団長!ジャックさん!遅いですよ~。」

「すまないな。」

「あれ、他のみんなは?」

「ラムザとカロニアには街の警備を任せた。ラクティカは来る予定だったが、急患が入ったそうだ。」


席に着く。すると、グラスに入った飲み物が出された。


「これは?」

「『回復薬ポーション』の試作品だ。お前ら、疲れてそうだからな。特にライオットは。」

「おっ、ありがたい。」

「いただきます。」


一口飲む。鼻から突き抜ける爽やかな香りと、喉を通る清涼感が、疲れを取り除いていった。


「ぷはぁっ!すげぇ、体が軽くなった!」

「ああ、これぐらいの効力なら一般人にも売れるだろう。」

「レジリアさんが戻ってきたら、馴染みの商人に取り付けてもらいますか!」

「評判が良くて良かったよ。近いうちに量産できるようにしておく。」

「頼みます。」


しばらく談笑した後、本題に入る。


「それで、解析結果は…」

「ああ、奴さんが落としたこの黒い羽だが…」


目の前に1枚の羽が出される。入団試験の襲撃の際、敵が落としていったものだ。


「細胞を採取した結果、ことがわかった。」

「なっ…!」

「能力の範疇には収まらない…『体を作り変える』力か。」

「補足すると、この羽も。明らかに後から作られたものです。」

「あの鳥型の化け物も、は別の姿かもしれないということか…」


わからないことだらけで、混乱する。


「…」

「ラスニアさん、どうかしたんですか?」

「ん…いや、何でもない。それより、おかわりはいるか?」

「もう一ついただけますか。」

「俺ももう一杯。」

「ラーベルクは?」

「私はそろそろ帰ります。カイン君が帰ってくる前に、彼の能力の解析も進めないと。」


3人になった空間で、昔懐かしいような雰囲気を感じた。


「こうやって3人になるのもいつぶりだろうな。」

「そうだな。ずいぶん久しぶりのように感じる。」

「そうか?私には数時間前のように思い出せるぞ。」

「エルフの時間感覚で言わないでください。」


そのまま、昔話に花が咲いていく。


「昔のお前は今より無口だったなぁー!」

「そういうお前は昔から暑苦しいやつだったな。」

「んだとぉ?友達のいないお前に付き合ってやってたのは俺だからな。感謝しとけよ。」

「…その話はよせ。」

「あっはは!まあでも、ライオットは親しみやすさというより、怖さの方が強かったからな。何よりもあの…」

「「『国境の悪魔』!」」


ライオットが苦い顔をする。


「やめろ…やめてください。」

「帝国を退けたヒーローが悪魔呼ばわりとはな!」

「全くだ。民衆の噂は良くも悪くも広がりやすい。」

「総勢10万の帝国軍を一人で、だもんな。あれは痺れたなぁ。」

「すごいやつが入団したと騎士団でも持ち切りだったな。」

「あの時は未熟だった…反省してます。」


在りし日の騎士団の話も盛り上がり、気づけば日をまたいでいた。




「「今日はありがとうございました。」」

「ああ。またいつか飲み交わそう。」

「もうすっかり夜も更けちまったな。」

「そろそろあいつらも帰ってくる。また忙しくなるな。」

「まあ、こういう『留守番』も、たまにはいいじゃないか。」


ラスニアさんと別れる。夜の街を歩きながら、ライオットが話し出した。


「これからは『教団』の目的と構成の解明に力を割く。これまで以上に苛烈な日々になるだろう。」

「なんだ?びびってるのか?」

「そうじゃない。」


ライオットは立ち止まり、こちらを向く。闇の中でも、その目は光に満ちていた。


「ジャック、お前の力が必要だ。」

「何だよ、改まって。」

「これからも、よろしく頼む。」


照れくさくなり、鼻をかく。少し間が空いて、真っ直ぐに騎士団長の目を見つめ直した。


「当たり前だ。俺はお前の『相棒』だからな。」


果てなき暗闇で、二人は不敵に笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る