第29話 帰還

事件のほとぼりも冷めて来た頃、リオンに帰ることになった。


「荷物は持ったかい?」


荷物をまとめて馬に乗る。街の人たちに別れを告げ、馬を進める。


この街には活気がある。そして何より、芸術を愛する心がある。


今すぐにはほとぼりは冷めなくとも、時間が彼らの心をいやしてくれるだろう。


「また来るんだぞ。」

「今度はこっちが行くかもね。」

「あら、私も忘れないでもらえます?」


暖かい声を背に、俺たちはペトリを後にした。


「そういえば、ジル君の姿が…」


彼の姿は、最後まで見えなかった。




帰り道の途中、野宿をしている時だった。


「カインさん。」

「ジル君!?」

「シッ、静かに。」


訪問者は、まだ傷が残る少年だった。


「何でここに…」

「お別れを、言おうと思って。」


少年は神妙に話し出す。


「まだ、人前に出るのが怖くて…すみません。ありがとうございました。おかげで、目が覚めました。」

「お兄さんのことは…すまなかった。」

「いえ…彼も、どこかで覚悟していたことだと思います。」


遠くを見て、呟く。


「『我ら皆、神の守り人なり。その命、御身に捧げん。』」

「え?」

「僕はもう両親のことは覚えていませんが…家訓であるその一文だけは、心に刻まれていました。」


彼の口から紡がれる思いがけない言葉に、体の奥が震えるような感覚を覚える。


「それを、何で俺に…」

「あなたの能力、少し特殊な感じがしました。」


体が強張る。


「でも、それは僕もです。、自分の身体が、能力にような感覚を覚えました。」


そう言うと彼は立ち上がった。


「さっきの家訓と合わせて、何かの一助になればと思います。…これが、僕にできる精一杯のお礼です。」


深く、頭を下げる。


「ありがとうございました。あなたに、幸多からんことを。」

「ああ、ありがとう。また来るよ。」


こちらもお礼を伝えると、少年の姿は闇に溶けていった。


さっきの言葉を反芻する。夜空には、星が光り輝いている。


胸に手を当てる。どくどくと脈打つ心臓をはっきりと感じた。


「なあ、お前は、一体何なんだ?」


問いかけに、答えは無かった。




リオンの正門をくぐり、歩を進める。


大聖堂前には、聖皇カーヴェ様と、騎士団長ライオットさんがいた。


「やあ、お帰り。」

「ただいま戻りました。聖皇様におかれましては、本日もご壮健でなにより…」

「あーいいよ、社交辞令は。すぐに話を聞かせてくれるかな?」

「会議室に向かいましょう。既に他の団員も待機させてあります。」


挨拶もほどほどに、騎士団本部へ向かう。


「新人たちもよくやった。大混乱だったと聞いている。」

「いえ…現地の人たちのおかげっス!」

「エストの言う通りです。」

「相手は『教団』の人間…しかも幹部クラスだったようだな。その辺りも詳しく聞かせてもらう。疲れているだろうが、もう少し頼むぞ。」

「わかりました!」

「それと…レイ。」

「は、はい!」

「お前はラーベルクのところへ行け。検査だ。理由はわかるな?」

「…はい。」

「…まずは、よくやった。これからも頼むぞ。」

「…!はい!」


レイと別れ、レジリアさんと報告に向かう。


久しぶりの面々の前で、ペトリであったことを話した。


事件のこと。「サーカス」のこと。そして…「教団」の男のこと。


一連の報告を終えると、既に日は暮れかかっていた。


「ライオット。」

「はい、聖皇様。」

「この後、緊急で会議を行う。レジリア、疲れてるところすまないが、いいかな?」

「僕は元より軽傷でしたし、問題ありません。」

「良かった。他のみんなも、いいかな?」


全員がうなずく。何やら真剣な雰囲気が漂っていた。


「エストとカインは休んでくれ。結果的にではあるが、初めての国外遠征だったんだ。特にカインは検査もすることになっている。」

「拝命しました!」

「よろしい。では…10分後、緊急会議を開始する。」




検査を済ませ、床につく。検査はほとんど異常がなかった。


「能力を使った割には、身体に異常は見られないね。ただ…」


ラーベルクさんが言葉を濁らせる。


「痣が広がっている。今は何ともないが、近いうちに何か起こるかもしれない。できるだけ、能力の使用は控えるようにしてくれ。」


横になったまま、ペトリでの出来事を思い返す。


その日は、吸い込まれるようにして眠ってしまった。




「レイにも、カインにも、異常は見られなかったようだね。」

「…異常が無いことが異常なんです。明らかにおかしい。」

「考えすぎだぜ、ラーベルクさん!ジャックさんもそう思うでしょ?」

「うーむ。レイ嬢はまだわからんでもないが、カインのやつはなあ…」

「ええ、能力をかなり酷使したにしては、あまりにも身体への影響が少ない。」

「も、もう少し検査すべきなんじゃ、ないでしょうか…」

「んーでもやれることはやったんだよなぁ…」

「『教団』の動きも気になる。…幹部クラス一人でこの被害だ。早急に対策を講じねばならない。」

「…スパイ?私が必要?」

「まだ何とも言えないな。下手に刺激を与えて、何が出てくるともわからん。」

「レジリア、他に『教団』の情報は?」

「もう粗方話したんだけどな…そういえばカイン君が、あの男の能力は『権能』…?だかなんだかって。」

「『権能』だと!?」


ラスニアが立ち上がる。そのあまりの剣幕に、会議室は一瞬騒然となった。


「ラスニア、どうしたんだい?」

「あ、いえ…すみません。…ライオット。その二人、私に任せてもらえないか。」

「問題ないですが…一体何を?」

「里帰りだ。」


驚きでざわつく会議室を後に、窓の外の月を見る。


「…私も歳を取ったな。」


髪をかき上げ、目を閉じる。


「クラリア。200年ぶりに、お前の墓参りに行くよ。」


その言葉に答えるように、流れ星が一筋落ちた。




場所は変わり、ジアムートの王宮では。


「…ぐはっ、あ…が…」

「ご苦労だったな。」

「『教主』様…すみません…力及ばず…」


黒いローブをまとった男は、深手を負ったベノフに手を差し出し、その体に触れる。


「なっ…『教主』様!僕はまだ、あなたに何も…!」

「わかっている。ベノフ…」


体に触れた手は、黒いもやへと変わった。


「『力』に耐える覚悟はあるか?」


黒いもやはベノフの体を包む。激痛に、ベノフは叫ぶことしかできなかった。


王宮に絶叫が響き渡る。


「死か、進化か。」


突然、女性の声が響いた。


「恐ろしい二択ですわね、『教主』様?」


暗めの色で美しく着飾ったその女は髪をかき上げ、尖った耳をあらわにした。


。次の目標を伝える。」

「あら、私に?ってことは…」

「ああ。」


男はローブを翻し、広間を出る。


「次の目標は、『エルフの森』イオフィリアだ。」


男は闇に消えていく。


鬱屈した怒りと、野望をその胸に抱えて。

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