僕が、選んだ

@ramia294

 

「到着しました。それでは、参りましょう」


 不動産屋さんの若く美しい女性は、クルマの後部座席のドアを開いた。



 彼女の不動産屋さんから、クルマは十分ほども走っただろうか?


 そこは、まだ新しい住宅地なのだろう。

 開けた小高い場所に、綺麗な新築戸建てが、まばらに建っている住宅地に、クルマは吸い込まれていった。


 その中のひとつ。

 住宅地の外れにある二階建ての前に、クルマは、停まった。

 女性の運転は滑らかで、降車後、素早く後部へ移動、僕のためにドアを開けてくれた。


 恐縮しながら、クルマから降りると、目の前には、黒い建物があった。


 ひと月ほど前、僕は、急に思い立ち、持ち家を買おうと決心した。

 ひとり暮らし継続中の身としては、贅沢かとも思ったが、いつまでもボロアパートに暮らすわけにもいかないので、ご近所の不動産屋に相談した。

 出来れば、内見に付添ってくれている女性の様な人とふたりで生活なら楽しいのだが。


 今、この家まで連れて来てくれた不動産屋さんの女性は、素早くこちらの要望に合う家を探し出した。

 そして、この家の内見だ。

 この女性は、何をさせても素早く、正確。


 そして、美人だ。

 

 説明が、始まる。


「外壁、屋根共に、ガルバリウム鋼板です。

 屋根には、有名メーカーの四十年保証の太陽光パネル、もちろんガス併用の物件で、人気の乾燥機も既に設置済みでございます。

 気密性能を表すC値も0.3以下、耐震等級も3を取れています。

 レイチも99と理想的です。

 では早速、中へどうぞ。

 ドアは、もちろんスマートキー。

 いわゆる玄関と、土間収納を兼ねたシューズクローゼットの2系統で、リビングへ入る事が出来ます。

 流行りの玄関洗面は、オシャレで有名なあのメーカー製です」

 


 僕が聞いても分からない数値と聞いたこともない設備メーカーの説明が続く。


 内部へのドアを開くと、広々としたリビングとその奥にペニンシュラ型のキッチンがある。

 キッチンには、深型前開きの海外メーカーの食洗機まで付いている。


 これからは、料理をしなければいけないなと考えてしまう。


 リビングには、バリアフリーの小さな和室が接続している。

 一階の部屋は、それだけだ。

 いわゆる水回りは、一階に集められている。

 バスルームは、壁、浴槽共に、黒く統一されていて、照明も凝った肩湯まで使える贅沢なものだった。


 リビングの無垢の床。

   

 やや濃い色の床に、アイアンのシースルー階段のブラックがとても良いアクセントになっている。


 二階の間取りは、トイレを挟み2部屋だけだが、各部屋が大きい。

 高台なので、二階からは、視界が何にも邪魔されない。

 窓からの景色が、素晴らしい。

 のどかな田園風景。

 近隣の村のものだろうか、

 小さな墓地も見える。

 この国の原風景に出会った様な懐かしさを感じる。


「小規模ですが、墓地があるので、こちら側の開発はされないと思います。おそらくこの風景は、変わらないでしょう」


 全てが、有名メーカーのオシャレで、贅沢な使い良い設備。

 全館空調まで付いている。

 とても良い物件だ。


 手元の資料には、スキップフロアーと書いてあるが、それは何処かと訊くと、寝室のクローゼットに隠された階段を数段降りる構造になっていた。

 4.5畳という広さのスキップフロアー。

 シースルー階段からの侵入は可能なのかと訊ねると、それは無理だとと彼女は答えた。


「良い物件ですが、実際に買うとすると……」


 もちろん値段交渉をした。

 すると、彼女は、最初に教えて貰った額から、簡単に半額まで、落とした。


 安過ぎるのも何か気持ち悪く、事故物件かと疑ってしまう。



 それを見透かしたように、彼女は僕に言った。


「この物件は、新築ですから事故物件ではありません。この家は、私から見ても素晴らしいと思います。出来れば私が住みたいと思っていました。でも私は、独り身なので、贅沢過ぎます。なので、諦めていました。でもあなたと二人なら……」


 半額になったのは、彼女が半分支払ったからだ。


 僕の長かった独身時代は、終わりを告げた。


 快適な家。

 豪華な設備も美しく使い良い物だったが、それ以上にこの家は、まるで何十年も住んでいたかのような安心を与えてくれた。


 安らぎの生活と終わらない恋。


 いつまでも出会った頃のまま変わらない、美しい妻。

 いつまでも購入当時の変わらない綺麗な家。


 子供には恵まれなかったが、

 その後の僕の人生は、幸せに満ちたものだった。


 そして、時間は過ぎてゆく。


 定年後、体調を崩した僕は、病院で末期のガンと告知された。

 僕自身は、とても良い人生だったので、これ以上は望まない。


 しかし、愛する妻をひとりにしてしまう。

 それだけが、心残りだった。


 病院から帰った僕は、妻に末期ガンの告知を受けた事を正直に話した。


霊値レイチが、減少していたから、きっと……。覚悟はしていたわ」


 レイチとは、家に関する数値ではなく、僕の魂と肉体の充実度の値らしい。

 肉体の充実度が高いと数値が100に近づく。

 つまり、100に近いと死からは遠いという事らしい。

 霊値が下がると、魂の記憶がよみがえる。


 今、妻と僕は、寝室のクローゼットの奥の階段を降りて、スキップフロアにいる。

 妻がどうしてもと一緒に来てほしいと僕に言ったのだ。


 現在は病状が進み、正直歩く事が、困難になってきた。

 霊値が、0に近付いている。


「これから、あなたの来世の内見に、行きましょう」


 スキップフロアーに、いつの間にか見慣れないドアが出来ていた。

 彼女が、鍵穴に鍵を差し込むと僕の身体は、急に軽くなった。


 振り返ると、僕の身体が眠っている姿が見える。

 どうやら、魂が肉体から分離したらしい。彼女は、僕の手を握り、ふたりでドアの向こうに歩いていった。


「あなたの来世を内見しましょう。来世のあなたには、幾つもの輝かしい人生が待っています。投資で成功した資産家、世界的に有名なスポーツ選手、IT企業の成功者、難問を証明した数学者、宇宙飛行士……。どの人生を選び、内見していきますか亅


 この家の窓から見えるあの小さな墓地は、ただ近くを通りかかっただけの彼女を選んだ。

 そして、時間の支配を外された。

 死とは無縁になり、

 永遠の若さと美を与えられた。

 未来を覗く力の持主になった。

 肉体を捨てた霊だけの存在なら、その来世に連れて行く事も出来た。


 思い出シタヨ……。


「どんな人生でも良いのだが、僕にとっては、君がいるということが特別だったよ。この家の豪華な設備は、便利で美しく、気持ちの良いものだった。それと同じく、特別な人生を送る有名人たちの人生もそれは魅力的だろう。しかし、特別な人生より、次もこの安らぎの家で君と暮せられば、それが僕にとっての最も良い人生だと思うよ」


「それは、大丈夫です」


 彼女の力で、来世の人生の可能性を幾つかを見た。

 どんな人生にも、僕の傍には、彼女の優しい微笑みが有り、それぞれの僕は、幸せそうにしていた。


 当然だ。

 僕が、君を選んだのだから。

 


 君と出会うため……ナラ、

  ボクハ、ナンドデモウマレカワルヨ


         


           終わり

 




 






 

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