ほしふる夜

もちもち

ほしふる夜

 それはついこの間(あたしにとってはついこの間)の話だけど、相も変わらず、やはりあの男はヘタレなのだと思ったのだった。

 

 「星、ふえたわ」

 

 空を見上げたあたしがそう呟くと、羊は「そうなの?」と全く話にならない返事をする。

 はどうしてか、周期的に「やり直される」。つい最近まで上手く転がっていたものが、気づけばあっという間に転がり落ちて、何もかもを道連れにして0になってしまう。

 今回は確か、15234期だったかしら。

 しかし、この数字も、あたしたち石人と呼ばれるものぐさが、ある程度知りたいこと、見たいこと、やりたいことをやりきって、なんだか飽きてきてしまったなあといったときに、誰かが始めたなんとなくの記録だから、もちろんその前からも繰り返されている時間がある。

 だから、かなりいい加減なものだ。

 

 「星、ふえたわ」

 

 羊では何の話にもならなかったので、今度はたまたま隣にいた人間種の男へ向かって呟いた。

 男は、「そうですかい」と興味無さそうに相づちを打った。

 以前、羊と見上げた星空よりも、そこにはずいぶんと多い星があるのに……

 夢の中のあたし以外の存在は、全くそのことに気付かなかったり興味無さそうだったりするのだ。

 

 「星」

 

 増えたわ。

 そうして、いつかの夜、あたしは彼に告げた。

 

 「あんたが悲しい悲しいというから、ずいぶん星が増えたのよ」

 

 燃えるような赤い髪をした同種の彼は、いったい何の話だとばかりにあたしを振り返った。

 夜空には記録を付け始めた頃と代わりない星空があり、彼は不思議そうに見上げる。

 夢の中では、彼もまた同じように平坦な相づちを打って煙草を燻らすだけだったのに。

 

 「もう悲しくないのかしら」

 

 その少し前、夢の中の空は星が増えすぎて、まるで真昼のような明るさになっていた。おかげで寝ている気もしないので、あたしはそこそこ彼に腹が立っていたのだ。

 彼が悲しいというから星が増えるのか、星が増えるから悲しいというのか、まあどちらにしても目の前の男のせいなのだ。

 彼は、……彼には、兄弟がたくさんいる。いや、できた、というべきか。

 我ら石人の中で、唯一、他種族がその構成組織を解明し、意図的に作成することができるのが、彼らコランダムだった。

 彼は若い。きっと、これから長く続く存在の時間を、あたし達だけで過ごすには酷だったのだろう。

 何が酷だったのかは、その真意は、あたしには分からないが……

 彼が自分の兄弟たちに、自分が手にしているものと同じ刃を持たせたとき、朧気ながら推し量ることはできた。

 

 ニセモノの石と違い、あたし達に死は存在しない。

 気にすることなどなかったのに───

 

 そんななのに、星は増え続けている。

 これをヘタレと呼ばずに何と呼べというのだろう。

 

 「…… 変わらないぞ」

 

 律儀に夜空を確認して、律儀にあたしに返答する。

 そうね、とあたしは興味無く頷いた。

 その夜、も、元の星空に戻ってしまっていたのだ。

 流れた。大量に。あの星たちが。光の尾で夜の海を切り裂きながら、全て流れて消えてしまった。

 

 いずれ…… いずれ、彼は自分の兄弟たちを手に掛けるのだろう。

 (それが例え彼が直接手を下すとも下さずとも、彼は自分が手に掛けたと思うのだ)

 彼が見ていないこれまでの世界を見れば、それが「始めたものの役割」だった。

 

 「きっと、また悲しくなるわ」

 

 難儀なものね、と彼を見れば、困った気配であたしを見つめていた。

 困らせたかったわけではないのだ。

 ただ、分かりきってしまっていることを告げる分、この先の彼が悲しむことが無ければ……

 良いな、と思っていたのだ。

 

 

 しかしそんな願いも虚しく、また地平に明かりは灯り、あたしの夜空には星が瞬くのだろう。

 ……きっと。



(ほしふる夜 了)

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