【KAC #2】いやそのオトコ、絶対やめときな!?

二八 鯉市(にはち りいち)

いやそのオトコ、絶対やめときな!?


 大学の食堂は、今日も平和ににぎやかだ。

 私、三津田 桃香みつだ ももかはのんびりとオムライスを食べている。


 かたかた、かた。


 正面の席では、友人の八谷はちやが血走った眼でソシャゲのイベントを走っている。昨夜は二時間しか寝ていないらしい。


 八谷には申し訳ないが、私は暇人大学生。昼休みを悠々と過ごせる。とはいえ彼女を怒らせるとコワイので、静かに空気に徹しながら食事をとっている。


 「でさー、アレどうなったの?」

不意に、私の右隣、一つ椅子をあけた先に座っている女子が言った。

「んー、ぶっちゃけアリかもしれないし、ナシかもしれない」

対面の女子が答えた。


 その時ふと。

 オムライスを口に運ぶ手が、止まる。


 そっ、と目線をあげた。

 そこに座っていたのは、緑川 双葉みどりかわ ふたばだった。


 こういう時、「ビミョーな知り合い」という関係性は厄介である。具体的には、「友達の友達の友達」ぐらいの関係性だ。

 講義が幾つか被っていて、多分お互い名前ぐらいは……認知しているかなあ……というような。


 缶コーヒーを開けている緑川の前に座っているのは、彼女の友人の如月きさらぎか。だるそうにスマホを弄りながら、如月は言った。

「だってさ、前のはもう、こっちから願い下げ案件だったんでしょ」

「うん、連絡先ももう電話帳から秒で消した。ホント外れの男だった~。電話しつこいし距離感間違えてくるし。運勢最悪~」

緑川はあっけなくそう答えた。


 あー、そっか。えー、そっか。うわあ、まじか、とうとう別れたか。

 私は内心そう思いながら、緑茶のボトルを開けて飲んだ。


 前に、友達の友達から聞いたコトがある。

 あの美人の緑川 双葉には高校から付き合ってる彼氏がいる。ウワサによると、初デートがよりにもよって玄人向けの絶叫マシーンだった為に大失敗――逆に仲良くなって付き合ったとかいう、なんか紆余曲折あった仲だとか。


 だからなのだ。だから私は、「友達の友達の友達」である緑川の事をなんとなく知った気になっている。「絶叫マシンラバーズ」というエピソードはわりと酒の席で濃い。


 如月が投げやりに言った。

「で、新しいのはどうなの」

「あーまあだからなんか、ホント迷ってるって感じ~。写真はよかったんだけど~」

写真……意外だな緑川。SNSとかから知り合ったんだろうか。

「雰囲気はよさそうじゃなかった?」

「だから悩んでる。あたしこういうの、最初の印象結構大事でさ~」

「で、最初の印象は?」

「うーん」


 緑川は目を伏せ、ボソリと言った。

「所詮、ただの憧れだったんだな、って」


 「ングッ」

オムライスが喉に詰まる。正面の八谷がうざったそうに顔をあげた。

「なに、どした」

「へ、平気平気」

私は再び緑茶を手に取った。「あっそ」というと、八谷は再びスマホに目を落とした。ソシャゲ、よっぽどデッドラインなんだろうな。


 如月が眉を寄せる。

「え、それってどういう?」

「う~ん、ホントそのまんま。なんかさ、最初は見た目格好いいって思ったんだけど……なんていうの、そういうカッコよさに憧れる時期ってない?」

「あー、まあ……あるかもね。ロックな日常、みたいな」

緑川はため息をつく。

「うん。やっぱり、理想と現実は違うかぁ、って」


 二人の会話を聞きながら。私の胸には青春の甘い疼きが灯る。

 いや分かる。

 

 ちょっとそういうロックで危なそうな男に焦がれる事、あるよね。私も元カレで経験あるわソレ。何せ経験はある方だ。私は。


 緑川が頬杖をついて言った。

「でも正直、慣れてきたらこういうのもありなのかなって思えてきて~」

「あんた変わってるもんねぇ」

「よく言われる~。……ただな~」

「何?」

「その~実際にこう、触れてみて……っていうか」

へいへい大胆だな緑川。

「思ってなかった部分が気になってきちゃってぇ」

「どういうところ?」

「実はね」

緑川は小首をかしげ、言った。

「結構、匂いがきつかったんだよね」

「あちゃー」


 いやーそれめっちゃ大事よ。

 私はとろとろの玉子を飲み込みながら心の中で頷いた。頭によぎるのは、やたら香水がキツかった元カレである。


 如月が尋ねた。

「何、くさかったの? 煙草?」

「や、なんていうか~全体的に下水くさくて」


 えっ、やばくね? そいつやばくね?


「あーそれな。確かにアタシも経験あるわ」


 えっ、あるの? 世の中の男ってそんなに下水臭いことある? え、わたしの経験が足りないだけ? これでも私、結構経験ある方だよ?


 「ただまあ、下水臭さは正直、いずれなんとかなるかもって言われてて」

どういう解決法?


 「問題はそれよりも……」

「それよりも?」

「うーん、これ結構ほんとに悩んでて……いや、こういうの気にしない方がいいのかもしれないけどさあ」

「うん」

「実際行ってみて、わかったんだよね」

行ってみてか……どんなデートだったんだろう。また絶叫マシーンデートしたんだろうか。


 緑川はため息をつき、言った。

「あのね、パチンコと、あとキャバクラとの距離が近くって。ちょっと心配で。気にしすぎかなあ」


 いや。

 いやいやいやいやいや!


 私はバンと机を叩いた。そして叫んだ。

「いやいやいや、それだけはホントだめッ!!」


 「え?」

「え?」

「え?」


 緑川、如月、ついでに八谷の目が私に向く。私は、拳を振り回し、殆ど演説のように言い放った。

「あのね、だめ! ナニを妥協してもいいよ、もうね、匂いなんてなんとでもなるし慣れていくことだってある! でもね、ほんとダメ! ギャンブルやる奴とだけはホント付き合っちゃだめ! それはね、あたし元カレで経験してるから分かる! ほんっとに、ほんっっとうに後悔するから!」

私は、ハッキリと言った。

「その男、ぜったい止めといた方がいいよ!」


 ぜぇ、ぜぇ。はぁ、はぁ。


 しんと静まり返ったテーブルで。


 八谷がスマホを置き、眉間を揉みながら静かに言った。

「ひとまず落ち着きな、桃香。座って。多分だけどね、二人が話してたのは――」



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