White mission

いいの すけこ

白い空白の部屋

 部屋の扉を開けたところで、後頭部に微かに熱を感じた。

「……なあーんで部屋の内見しようとしたところで、殺されなきゃなんねーかなあ」

 背後に立った白い影から答えはない。そもそも求めていない。

 男は後方確認もなしに、背後のそれに裏拳を繰り出した。ばちん! という音と稲妻のような眩い光が、男の右拳と白い影の間で弾ける。

 同時に陶器が割れるような音がして、白い影の頭が砕けた。

「最新の魔法人形マジックドールか」

 男の背後で、膝から崩れるように倒れた白い影。目や口はなく、まるで白いマネキンのようだった。

「殺しに特化してるっていう物騒な噂は、本当だったんだな」

 殺し、の言葉に、左腕の中で小さな頭が震えた。

 魔法人形と対象的な真っ黒いコートの下、左腕の中に守っていた子どもが顔を上げる。


「大丈夫か、お嬢ちゃん」

 男の胸にようやく頭が届くくらいの小さな背。白い髪に白い瞳をした少女は、やはり白い睫毛をぱさぱさ揺らして瞬いた。

「いきなり襲ってくるんだもんな、びっくりしたよな」

 男は足元にある人形の頭を、つま先でつついた。

「魔法人形は呪文詠唱も印を結ぶ必要もなしに、魔法をぶっぱなせるのが厄介だ」

 後頭部に感じた熱は、魔法発動の合図。魔法発動に呪文を唱えたりタクトを振りかざしたりと、アクションがあればまだ分かりやすい。最新の人形は魔力を練って発動するまでに、ほぼノーアクションノータイムで攻撃してくるから面倒であった。

 少女が不安そうに見上げてくる。

「ま、大丈夫大丈夫」

 揺らぐ白銀の瞳に、男は余裕の笑みで答える。

「こっちも詠唱破棄して指先一つで、こいつらの先手を打つ力くらいあるし」

 呪文を省略したのはともかく。指先一つでこなせるものに拳を繰り出したのは、単に男の粗暴さゆえだった。

「しかしこれどうすっかな。この部屋借りるにしても、こんなもん置いておくのも嫌だし。処分ったって……」

 その時、男に体を預けていた少女がぱっと体を離した。コートの内ポケットに入れていた通信端末が震えて、それに驚いたらしい。


『はーいもっしもーし。マダム・ヴァイオレット様ですよー! 今どんな感じー? 部屋に無事着いたあー?』

 底抜けに明るい女の声が、スピーカーの向こうから響き渡る。

「はいはい、ご機嫌麗しゅうマダム……と言いたいところだが、今はわりと嫌な感じだ。部屋には着いたがあんまり無事じゃなかった」

『あらやだ、なあに。部屋に不備でもあった? 大家として、それは見過ごせないわねえ』

 声の主は、男に部屋を紹介した者だった。耳元で響く声に、華やかな美女の姿がちらつく。

「魔法人形に襲われた」

『あらま』

「あんたが仕切ってるシマにある部屋なら、しばらくは安全に生活できると思ってたんだがな」

『あなたの抱えてる厄介事が、大きすぎるんですうー』 

「うちのボス、面倒事しか持ち込まないんで」

 あんたの元旦那は、いっつもそうだけどな。

 とは、言わないでおいた。


(本当に、なんなんだこの子ども)

 素性も年齢も、名前さえも解らぬまま。しばらく匿ってほしいと引き渡された少女だった。

 ただ『魔法の瞳を持つ者』であるとだけ告げられて。

 魔法なんて、珍しくもない。

 そう思うが、それでもやはり万人が使えるわけではない、一部の者のみが使う超常の力である。男のように、なにかと便利に仕事を任されてしまうことも多い。そして依頼される諸々は、得てしておおむね厄介で面倒なものであった。だからこそ仕事にして、食べていけるわけでもあるのだが。

 男と少女、お互いに探り合うよう、目を合わす。

 月のように輝く瞳は、魔法を持つ者の中でも見たことがなかった。


『とりあえずさ、念のために紹介しておいた、もう一つの部屋の方を見に行ってー』

「ああ」

『それと、あなたを襲った白坊主、箱でもゴミ袋にでも詰めておいてくれる? うちの若いのに取りに行かせるからさあ、置いといてねえ』

 ふふ、と艶っぽくささやかな笑い声が聞こえた。

『アタシの庭に無断で侵入して荒らした木偶人形、差し向けた奴はこっちで必ず見つけるから』

 埋める時は手伝ってねえと、街ひとつ牛耳る女は囁いた。

「怖」

 物騒な言葉は聞かなかったことにしていいだろうかと思いながら、男は魔法人形を見下ろす。人間と同じだけの大きさがあるため、片手でひょいと持ち上げるわけにはいかなそうだ。


「お嬢ちゃん、ちょっと離れてもらえるか」

 控えめにコートの生地を掴んでいた少女に言う。小さくうなずくと、少女は二歩ほどの間隔で男から距離を取った。

「結構重いな」

 魔法人形を正面から抱きかかえるようにする。自分が吹き飛ばした半分の頭。空いた穴に、ぽっかり闇が浮かんでいる。

「てか、箱だの袋だのって、この部屋にあるのか?」

 部屋の中を見渡して、人形から目を離したその時。

 ちり、と頬が焼ける感覚がした。

 魔力が発動する時の熱。

「やべ」

 ノーアクションノータイム。これを上回る力はある、けれど、爆弾を真正面から抱えている状態では。

(深手は免れない)

 けれど少女に、害さえなければ。


「だめ!!」

 最後の抵抗にと突き飛ばした魔法人形と、男の間に、小さな影が割って入る。

 少女の正面で再度崩れ落ちようとしている魔法人形の、割れた頭の中に魔法の残り火が燃えて。

 このままでは、少女の身が焼かれる。

「くそっ!」

 少女の背中に、手を伸ばした瞬間。

 白い光が弾けた。

 いや、正確には、魔法人形が白い光の欠片になって吹き飛んだ。

 魔力の残滓が、少女の周りで光り瞬く。

 振り向いた少女の瞳も、髪も、睫毛も輝いていた。

「……お前が、やったのか?」

「ごめんなさい」

 男の問いに答えるよりも先に、少女は謝罪を口にした。

 白いまなこには魔力がきらめく。


「私、お部屋に独りでいるのが嫌だったの」

 素性も年齢も名前も、何ひとつわからない少女が、ぽつりぽつりと語り始める。

「私の魔力は強すぎるから、お外は駄目だって、お父様に言われてた。だけどどうしても、外に出てみたくて。手伝ってくれる人に、お願いして」

 そのお願いした相手が何者かも、どれだけボスやマダムに関わりがあるのかも。自分がどれだけ大事おおごとに巻き込まれ、危険の渦中にあるのかも、やっぱり何もわかりはしない。

「だけどやっぱり、やめればよかった。どこに行っても追いかけてくるし、あなたも、危ない目に」

 怯えた瞳に、涙が滲んだ。

「お父様の言うとおりに、お部屋に独りでいるんだった。ごめんなさい」

 扉や床、あちこち破壊の跡が残った部屋。殺風景な部屋に、すすり泣く声が響く。

 同じくらい、この子どもの心も寂しくて、傷ついている。

 そんな風に、思えて。


「娘はいつまでも、箱に入ってりゃいいってもんじゃないだろ」

 ぽん、と乱れた髪に手をのせる。

 びくりと揺れた小さな頭。手のひらから、おびただしい魔力が流れ込むのがわかった。

 この子も、お父様とやらも、何者だかは知らないが。

「子どもはいつか巣立っていくもんだ。とりあえず、俺と一緒に新しいお引越し先を探そう。もう一部屋、新居の候補があるんだ」

 魔力が落ち着いた少女は、それでもまだほんのり淡く白く光っていた。まるで月明かりのようだ、などと思う。

 お月様の子どものような、小さな丸い頭が、こくりと頷いた。

 少女を、安全な部屋居場所にまで連れて行く。 

 それが自分の仕事だと、男は小さな手をそっと握った。








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