葉囲入不動産に来るのは異形のお客様
小春凪なな
異形様と内見
葉囲入駅から2駅で
そんな葉囲入市の小さな不動産に私、
「今日は
まだまだ新人の私は、内見は数回しかやっていない。まだまだ勉強中だ。
『あ、三池さんおはよう。今日は飯添さんが体調不良で休んじゃってね。…体調はまあ平気らしいんだけど、今日はお客様との内見があってね。お客様のご都合で日を改めてっていうのは難しいみたいだから、三池さん代わりに行ってくれない?』
『えっ?』
これが今日出社して上司に1番に言われた言葉である。
飯添先輩の体調不良を理由に新人の私が駆り出されるとは思わなかった。
『それじゃあよろしくね!ああ、これ今日のお客様の資料と物件の資料ね。読んでおいて』
この葉囲入不動産は町の不動産屋だ。従業員も少ない。渋々、乗り気ではないが断れる雰囲気でもなく了承した。
『あ、今日の分はボーナスになるから、しっかりね~』
上司からの一言でヤル気が湧いた。
そんなこんなで昼過ぎの今、お客様との待ち合わせ場所の駐車場に車を止めて、資料を読んでいるところだ。
「え~っと、お客様は
呼び方が迷うが一旦置いて、資料に目を通す。
「女性で今回は一人暮らし用のお部屋を探してる。部屋の希望はゆとりのあるキッチン、清潔な水回り、まぁよくある感じだよね」
数回しか紹介したことの無い人間が訳知り顔で頷く。
「ん?飯添先輩のメモだ。[お客様メモ]、へぇこんなメモとかもするんだ。なになに…」
資料の端に付箋を見つけ、読むとそこにはお客様に関する情報が書かれていた。
「『身長が3メートル近くあるので天井が低い物件はなし』…3メートルかぁ、高いなあ。んん?」
ちょっと内容がおかしいが、きっと飯添先輩のジョークというか『身長が高い』を大袈裟に書いただけだろう。きっと。
でも、今回の内見用に借りたレンタカーは飯添先輩が選んだ車種だけどデカいんだよね。3メートルの人でも乗れるかな?ってくらいには…。
「いやいや、ジョーク!これは先輩なりのジョーク!!」
気を取り直し、次の付箋に目を通す。
「『足が多いので玄関広めが○』・・・足って2つ以上の人なんていないでしょ。もっと役立つ情報は?『ストレスが溜まるとネバネバが増えるらしい』…ネバネバってなんだよ!」
だが、どれもこれも変な内容でまともな事が書いてない。付箋から情報を得るのは諦めて物件の資料を見る。
「それで、紹介する物件が……………ほほぉ、さすが飯添先輩。中々……」
お客様の要望から飯添先輩が選んだ物件達だ。飯添先輩に代わり、しっかり魅力を伝えられるように脳内で紹介シミュレーションをする事数分。
「そろそろ時間か、『来たらこの人だって分かるよ!』って言ってたけど、それっぽい人はまだいないな。…ちょっと外に出て待とう」
さらっと言っていたがきっと飯添先輩とか上司とか経験を積んだ者にしか辿り着けない事なんだろう。お客様の情報が女性とちょっと身長が高い、以外の情報がない私は時間が近付いてソワソワしてきた事もあり、お客様が来ても分かるように外に出た。
「あの人?…違うか。来るなら駅の方からかな」
レンタカーの前でソワソワして、近くの通りを女性が通る度にガン見して、駅のある方向を見る。傍目から見れば不審者の行動を取ること数分。
「
「えっ」
てっきり駅のある方向から来ると思っていたのだが、逆の方から来ていたらしい。視界に映らない場所から話し掛けられ、ビックリして固まった。
「
いや、違う。
声だ。この後ろにいる人が話す度に冷や汗が出て止まらない。
美しい女性の声、おぞましい化け物の声、それらを混ぜて同じにしたような、形容しがたい人ではない声。
動く事はおろか息をするのも躊躇う恐怖感が、昼間の駐車場に満ちている。
「
身体を動かしたのかグチャリ、と肉の塊を動かしたような人からはしない音がする。
「ッ!!」
今すぐ逃げ出したい。その気持ちを気合いでねじ伏せ、ゆっくりと振り向いた。
「は、初めまして。三池と申します。ッ!今日内見をする、来々・シュグレラ・ゴヒート様、で、しょうか」
振り向き、その姿を見た瞬間意識が遠退きそうになったが口を痛いくらいに噛み締めて耐える。
「
幾つものうねる触手についた無数の瞳。
蹄のような足は青いネバネバに覆われ、
言葉を発すれば美しい声に酔いしれると同時に本能に訴える悪寒が身体を巡る。
「
そんな異形がお客様だった。
「よ、よろしく、お願いします。来々様」
互いに礼をして、さっきまでデカいと思っていたレンタカーにちょっと窮屈そうに座る来々様と内見先に向かう。
静かな車内、運転に集中しているのか真顔の三池と触手の瞳を外に向けている来々。
真顔の三池の心は荒ぶっていた。
(………いや、いやいや。おかしいでしょ。何でこんなっ、日本だよ!ファンタジーが急に紛れ込む!?ヤバいヤバい。飯添先輩のメモ通りとか思わないじゃん!…逃げたい。いや名前やメモの情報通りだからお客様なんだ、お客様に失礼は行為は…ッ!!)
ちなみに内見先に着くまで表情だけは取り繕い、安全運転だけに集中した。
一件目
エトワール葉囲入
外観は茶色いレンガ風、築15年。
2階建てで、今回内見するのは2階の1番端の部屋。
2階に上がる階段は広めで来々様も普通に上がれた。
「どうぞ、来々様」
「
扉を開けて来々様が入ろうとするが、低めの(来々様的に)扉に当たっていた。
当たった時、驚いて出した声に鳥肌がたったのが分かる。
「大丈夫ですか?」
「
ちょっと触手が下向きになっている。落ち込んでいる、のかな。それにちょっとネバネバの量が増えたような…。
「そうなんですか。…あ!こちらがキッチンです」
気分を変えようと明るい声でキッチンに案内する。
「結構綺麗ですよ。ガスコンロ付きなのもいいですよね」
「
来々様はキッチンを見た途端、触手をうねらせてキッチンを端々まで見る。
「
「そうですね。キッチンの隣で使いやすいんじゃないでしょうか」
質問に一瞬触手の瞳が一斉に私の方を向いた。視線を部屋に向けて話す事で不自然にならないように瞳から視線を外す。
「
考えているのか触手の瞳を閉ざしてゆっくり上下させる。
「お、お部屋もご覧になりますか?」
「
この部屋は2DKで入って左手にキッチン、右手にトイレと浴室。洋室と和室が一部屋ずつ。
南向きのベランダは洋室と和室、どちらからも出られて広め、だと思う。来々様的にはちょっと狭いかもしれない。
こうして一件目の内見は終了。キッチンの反応は上々だった、と思うし中々だったんじゃないかな。
ただ…
「
「いえ、気にしないでください」
「
扉の縁に何回か当たっていた来々様はその事を気にしているようだ。これはちょっと減点になっちゃったかな。
「「
そして落ちる沈黙。
また沈黙のまま放っておこうかと思ったが落ち込んでいる(ように見える)来々様を放置はさすがに出来なかった。
「あの、来々様。物件の条件にゆとりのあるキッチンを入れたのはお料理がお好きだからなんですか?」
意を決して私から話し掛ける。
「
「へぇ、凄いですね。私、今年から1人暮らしなんですけど料理はからっきしで、キッチンは全然使ってないんですよ」
「
「はい。なので来々様が先程の物件のキッチンを見て喜んでいたのを見て、お料理がとても好きなんだなぁ、と思いまして」
短い返事に安心するような、残念なような、そんな感じがする。いや、相手はお客様、頑張れ私。と更に話し掛ける。
「…差し支えなければ、なんですがどんな料理を作ったりするんですか?」
「………
「いいですね!私も好きなんですチョコレート。新しい物が売られるとついつい買っちゃうんですよ」
「
来々様の声が高くなった、ような気がする。触手もうねうねさせて楽しそう、だと思う。
「来々様はどんなチョコが好きですか?私はブラウニーみたいなチョコが練り込まれたのが好きなんです」
「
「あー。あれ最高ですよね」
「
二件目の内見先の物件に着くまで、好きなチョコレートの話で盛り上がった。
二件目
イエローハイム
外観はクリームイエローの可愛らしい感じ、築3年の新しい物件。
2階建て、今回は一階の部屋を内見する。
「
入って嬉しそうに声をあげた来々様。
何故ならこの物件は天井が高い。来々様もさっきのように天井を気にする必要の無い物件だ。
「ここはロフト付きのワンルームです。キッチンは廊下の途中にあります」
「
ただし希望のキッチンスペースは来々様には狭いと感じるようだ。
ロフトは上がりにくそうにしていたが、触手を伸ばせば物置として活用出来そうだと喜んでいた。
来々様曰く、触手は1メートル以上伸ばせるのだとか。
三件目
外観は白だがちょっと汚れがある。築38年の、今日見る中では1番古い物件なのが理由だろう。
4階建てで今回は2階を内見する。
ちょっと窮屈な階段(来々様的に)を上がってすぐの部屋を開ける。
階段の壁に付着した青い液体は見えなかった事にした。
「
「はい。最近内部をリフォームしたんです。フルリフォームなのでキッチンも綺麗になっているみたいです」
「
三件目にもなると来々様の声にも慣れてきた。姿の直視にはまだ時間が欲しいが、それでもチョコレートで盛り上がったお陰で恐怖心は和らいだ。
最初のエトワール葉囲入と同じ2DKの部屋はリフォームで清潔感のある木目調の部屋になっている。
「
狭めの玄関の左手にあるキッチンをよく見る来々様。
キッチンの先にはベランダがあり、隣の部屋かキッチンのある部屋のどちらからでも出られる。
もう1つの部屋も含めて全て洋室だ。
来々様に部屋の説明と案内をして、これで内見は終わりだ。
飯添先輩の代わりになれたかは分からないが結構頑張ったとは思う。
「どうでしょうか?気に入ったお部屋はありましたか?」
どの物件も良いところ、悪いところがある。来々様に物件の全てを伝えられていると良いのだが。
「
来々様が触手をうねらせて迷う様子に少しホッとする。今日の頑張りが報われたような気分になった。
「来々様。今すぐ決める必要はありません。今日は持ち帰ってゆっくり考えてからでも大丈夫ですよ」
思わず微笑みそうになる頬を引き締め、来々様を見て言う。
「
触手が、無数の瞳が私の瞳と合わさった。
「ヅッ!」
ゾワッとした感覚と不快感に足の力が抜けそうになるのを必死で抑える。
「で、では、お送りしますね。葉囲入駅までで平気ですか?」
「
帰りの車内でもチョコレートや来々様が最近作った料理の話で盛り上がり、無事に葉囲入駅に着いた。
「
蹄を揃えて触手ごと礼をする来々様に私も慌てて頭を下げる。
「い、いえ!こちらこそありがとうございました」
「
去って行く来々様を見送った私は、レンタカーを返すと日が暮れた中、葉囲入不動産に戻った。
「あ!お帰り、三池さん。内見はどうだった?」
戻って1番に訊かれた質問に疲労と少しの達成感を感じながらもはっきりと答える。
「お客様が異形様でした」
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面白いと感じてくださったら幸いです。
葉囲入不動産に来るのは異形のお客様 小春凪なな @koharunagi72
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