伯爵令嬢ギネヴィアの初恋

ジャック(JTW)

番外編『エルドリッジ家の娘』

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 風が鳥の羽のように軽やかに舞い、ド=イグラシア飛龍士養成学校の広大な庭園には、生徒たちの歓声が響き渡っていた。ギネヴィア・エルドリッジは、まだ学び舎に通い始めたばかりの新米生徒だった。



 ギネヴィアは、飛龍士養成学校の広大な訓練場で、初めて飛龍に乗る機会を得た。しかし、未熟ながらも飛龍の背に身を乗り出し、バランスを崩してしまい、地面に突き落とされた。その際、足を痛めてしまい、苦痛が彼女の体を襲った。


「痛っ……!」


 助けを求めて周囲を見渡すが、ギネヴィアの生まれた家、エルドリッジ伯爵家の評判の悪さが影を落としていた。ギネヴィアの父、エルドリッジ伯爵は、裏社会と繋がりを持ち、暗殺や略奪や人身売買など、考えられる全ての悪事に手を染めて成り上がったとされている。

 そんなエルドリッジ家は、王家の弱みすらも握る恐ろしき一族として知られており、誰も手を貸してくれることはなかった。ギネヴィアは、孤独と絶望に包まれ、俯いてしまった。


(わたくしは……エルドリッジ家の一族と言っても、妾の子。エルドリッジ家の悪事に手を貸したことなんかない。それどころか、お父様からは放置されているようなもの……)


(でも……周りからすれば、そんなことはわからない……。わたくしも、悪名高いエルドリッジ家の者だとしか思われないのだわ)


 彼女は、国一番の名門校、ド=イグラシア飛龍士養成学校に第二位という輝かしい成績で入った。エルドリッジ家という生まれは変えられなくとも、努力で環境を変えれば、きっと何かが起こると思っていたのだ。


 ──しかし現実は非情で、どこまで行っても、ギネヴィアは、『エルドリッジ家の娘』でしかなかった。


 *


「──すみませーん! 遅刻しましたー!」


 その時、ヒューイ・ガゼットという平民の少年が、訓練場に入ってきた。

 ギネヴィアは、彼のことを知っていた。何故なら、仮にも伯爵令嬢であるギネヴィアを差し置いてド=イグラシア飛龍士養成学校主席入学を果たしたのは、他ならぬ彼なのだから。


 *


 そんなヒューイは、ギネヴィアの様子に気づいて声をかけた。

「えっ、君、大丈夫? 脚、捻っちゃったのかな? 擦り傷も出来てるね。取り敢えず、これあげる。医務室に連れていくよ」

 そう言いながら、彼は手を差し伸べ、新しいハンカチを取り出して傷口にそっと当てた。その優しい行為に、ギネヴィアの心は暖かな感情で満たされた。

「わ……わたくしに近づかないでくださいませ」

 ギネヴィアは、エルドリッジ家の汚名に、優しい彼も巻き込んでしまうことを恐れて咄嗟にそう言った。しかし、ヒューイは首を傾げて手を伸ばした。


「どうして? 怪我してるじゃない。放っておけないよ」


 ──それは、生まれて初めて、『エルドリッジ家の娘』ではなく、ギネヴィア自身に掛けられた心配の言葉。

 その瞬間、ギネヴィアは、ヒューイに対する初めての感情が芽生えるのを感じる。それは、まるで新しい冒険の始まりのような、心躍るような感覚だった。


 温かく、意外とがっしりしたその手を取った瞬間。

 ギネヴィアは、彼に、淡い恋心を抱き始めた。


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