黒歴史的悲劇(2)

 結論から言って柚巴ゆずはの特別な女にはなれなかった。柚巴の心は広大な海のようでメンヘラの彼女もメンヘラになりかけた私もすべからく抱きしめてしまった。私の女の子に対する執着というか好意というか、淡い恋としか形容できないそれは泡みたいに溶けて消えた。結局メンヘラの彼女と柚巴がどうなったのかはわからずじまいだ。結局私の情念は彼女たちを引き離すには至らなかったのである。


 残ったのは†敗者loser†と「柚巴」というペンネームをしょった私だけだ。

 おい。なんでこんなペンネームにしたんだよ。おい。誰だよこんなペンネームにしたの。私だよ。


 おい柚巴!!!!!!!!!!


 ということで私は柚巴として残りの二年を過ごすことになる。苦しい。いっそ葬ってくれ。

 柚巴ってそうだったんだ、って思ったそこの同級生、静かに。静かに。それ以上何もいうな。沈黙は金だ。


 さて。

 GREEでとある人の炎上に巻き込まれてしまった私はそれを機にGREEを半分引退し、活動をTwitterに移した。柚巴という名前は表に出さず、ひそひそと高校の片隅、箸にも棒にも掛からない文芸部最弱の書き手として文筆活動をしていたが――そこに転機が訪れる。


 ニコニコ動画の隆盛に伴うボカロ文化の流入だ。私は歌い手という存在を知った。ちょうど歌い手文化の最盛期だったと思う。ボーカロイドで発表された曲を自らの歌声でカバーする「歌い手」たちがTwitterにアカウントを作っており、私はそこで彼を知った。

 「きょうた」という歌い手だ。愛称は「きょうたん」。比較的近所に住んでいた。顔の下半分を隠したアイコンはちょっとイケメンに見えた。眼鏡をかけていて、ちょっと知的だった。ツイートの内容はアホだったけど。

 本人曰く「きょうたん」は妖精で、霞を食べて生きているという。イケメンイケボと呼ばれており、私もそれを聞いた。イケメンイケボかどうかは分からなかった。でも、近くにいて、絡んでくれて、十二歳も年上で、ちょっとかっこいい男の人だってことだけはわかった。

 友達が「逢いに行こうよ」と言った。私は最初びっくりしたのだけど(当時、出会い厨と呼ばれる行為だった)、友達があまりにも行動力の化身すぎて、柚巴わたし、うっかりついて行っちゃった。そしてきょうたんが背の高い年上の男の人でびっくりたまげてしまった。


 その日からおかしくなった。のである。は?

 |はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?《書いてて一番自分が昔の自分にキレ散らかしている》

 昔はニコ動の方が主流だったので、投げ銭なんて文化はなかった。なくてよかった。当時投げ銭があったら私はきょうたんにありったけの額を投げつけたに違いない。一番になるためにスパチャを投げつけていたかもしれない。うえ。


 いわゆるガチ恋だ。当時の柚巴わたしは、年上で歌がうまくて背が高くて少し顔の良いお兄さんにほれ込んでしまっていた。彼のツイートを追いかけ、つぶやきにリプライやをつけ、彼の参加しているリプライツリーを追っかけ続けた。推しが居た頃の私は執念深く気持ち悪かった。これがストーキングに発展しなかったのはひとえに私に分別があったからであって(分別があったらこんなことにはなってないという突っ込みは受け付けない)、何か間違っていたら、ひょっとして友人のような鬼の行動力があったら、出待ちとか凸とかもっと大変なことになっていたに違いない、怖い。昔の自分がこわいよ~。

 ちなみに一緒にカラオケまで行きました。


 今の私は、紫陽凛は、実はきょうたんの顔がそんなに好みじゃないこととか歌だって音程が合っているだけでそこまでだってこととか、声もそんなに……だってことを今になって思い出しては憤怒の形相で自分の頬を殴りつけるのである。このやろうこのやろう。

 じゃあなんで私がきょうたんを好きになったかって、たぶん、自分が何者かになりたかったからだ。

 私は「きょうたんが好きな自分」のことを好きになりたかったのだ。多分。

 青い。ケツが青い! だから黒歴史なんだよこのブラックヒストリーが!


 ちなみにきょうたんにどっぷりいった直後、私はツイッターのアカウント名を「エサ」に変えた。まじで。この辺りは高校の友人あたりは全員知っている。聞いてみればいい。まじだから。

 ちなみに「きょうたんのエサ」という意味である。まじで。

 柚巴であることもかなぐり捨てて、自分の名前さえ遠くへ押しやり、名乗るのが「餌」。親に知られた時はこれ以上顔に皺寄らないよね?ってくらいしかめっ面をされた。そりゃするわ。「柚巴」ならともかく「餌」だもん。なにそれ?


 きょうたん本人は「ウケるwwwwwwwwwwww」の言葉を残してそれ以来私の名前には言及しなかった。呼ぶとき「餌w」だったのはそれ以外に呼び方を知らなかったからだろう。私は彼の年齢に近づき、そして追い越し、かつての自分の行いを振り返るときに思うのだ。



 つう


 こうやって好きな人によって名前を変えてきた柚巴エサは今、紫陽凛となって小説など描いているが、柚巴もきょうたんも元気だろうか。元気ならいいんだ。元気なら。でも、「あの時お世話になった者です」とか死んでも言いたくない。


 はじめまして!

 柚巴にもきょうたんにもそう言って手を伸べよう。他人の空似です。ええ。





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恋の季節(白目) 紫陽_凛 @syw_rin

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