第2話 ないけん
「そんな馬鹿な……と言いたいところですが、疑われるのはごもっともです。何でも聞いてください」
「えっと、先に状況を整理すると、直近の担当者、トドロキー社の社員さんには、犯行は時間的に無理だ」
「そうでしょうね。我が社がナンバーをお伝えするのは、担当の方がお客様同伴で現地に到着してからですので」
「となると彼よりも前に担当した、仲介会社の人物を調べなければならない。ただ、数字錠のナンバーをずっと変更せずにいるとも思えない。こちらの会社で定期的に設定変更なさっているはず。現在のナンバーにしたのがいつなのかを、教えてもらいたい」
「それでしたら、こちらに資料が。あそこは会社と自宅を行き来するルート上にあるので必要が生じればあまり間を置かずに変えています」
「ん? といいますと」
「お客様の内見が一つ終わる度に、私が立ち寄って、設定を変えます。今のナンバーにしたのは、先週金曜の午前中でしたね。朝早くからの内見だったので、終わってすぐ対応を取ったんですよ」
「ああ、そうでしたか……。つまり、一つ前の内見でのナンバーと、今回のナンバーとでは既に異なっていたと」
「はい、そうなります」
「ナンバー変更のタイミングから見て、一つ前の担当者がどうこうすることもまず無理、ですかね?」
「そう見なすのが妥当だと思います」
「社長さんはナンバーをメモしたり、パソコンなんかに保存したりは?」
「しません。年月日を素にしたランダムな六桁の数を作る独自の式を使っていますから。忘れてもすぐに思い出せるんですよ」
「うーん、社長さんはこの二日ほど、どこでどうしていたかを話していただけます?」
「あ、僕をお疑いで」
「決まり事みたいなものなので、お気になさらず、話してくれるとありがたいですね」
「かまいませんが、社長と言っても独り身だし、秘書がいる訳じゃないので、単独行動も多いんですよねえ。いわゆるアリバイってのがどこまで証明できるか……」
「余計な心配はしなくていいです。こちらで調べますから」
「社長、よかったですね、疑いが晴れて」
「別に容疑者扱いされたのではないと思うんだが」
「いえいえ、鍵を自由にできる立場なんですから、立派な、じゃなくてれっきとした容疑者だったに違いありません」」
「何で力説するかね、そこ」
「とにかく、アリバイ成立、おめでとうございます。たまたまたくさん仕事が入っていて、動き回っていたのが幸いしましたよね」
「たまたまとはひどいな。それにしても、犯人はどうやって鍵を手に入れたのやら」
「そうですねえ、社長が殺し屋に依頼して、ナンバーを教えたとか」
「あのねっ」
「冗談ですってば。ナンバー設定が金曜の朝でしたっけ。私、思い出したんですけど、先週金曜と言ったら、社長、来た早々に指先を気にしていませんでしたっけ」
「言われて思い出した。右手の人差し指が少し汚れていたんだ。色違いの小さな粒々っていうか粉みたいなのがちょっとずつ着いていて」
「色違い? 白ごまと黒ごまみたいなのですか」
「いや、色は白黒の他に金とか銀とかあって。形はもっと平べったい、塗料片が剥げたような、こすってもなかなか落ちなかったのを覚えている」
「もしかして、それ、犯人の細工だったりして」
「どういう細工だと言うんだ」
「知りません。けど、数字錠のボタンそれぞれに異なる粉でも振りかけておけば、どの数字のボタンを押したかぐらい、分かるんじゃないですか。社長が新たなナンバーを設定したあと、犯人がこっそり引き返して来て、ボタンの粉の落ち具合を見たら」
「……一理ありそうだ。でも、六桁だからなあ。押す順番まで把握するのは、粉では難しいような。いや、でも色違いの粉を使ったなら、僕の指を通じてボタンからボタンへ粉が再度移ることもあるか。そういった粉の重なり具合を、正確に把握できるとしたら、押す順番もある程度は見当が付けられるかもしれない。幸いと言っちゃだめなんだろうけど、キーボックスに着けている数字錠って、押し間違えを何度しても大丈夫なタイプだし」
「刑事さんに伝えます?」
「そうしようか。粉に気付いていながら黙っていたなんて、あとでばれたらまた余計な疑いを招く恐れがありそうだしねえ」
「結果オーライ、でしたね。社長」
「ああ、運がよかった。粉でナンバーが確実に把握できるかの証明は事前には無理だったけど、ボタンにわずかに残っていた粉――塗料片が何だか割と珍しい物だったみたいで、それを元に容疑者に辿り着き、自白を引き出せたんだってさ」
「もしかしたら感謝状、もらえる?」
「いやー、それは無理だろ。事件の文字通りの鍵となる数字錠のボタンなんて、私が粉の件を持ち出さなくても、遅かれ早かれ警察が徹底的に調べたはずだよ。それよりも、警察から忠告されない内に、付けようと思ってる」
「え、何をですか」
「防犯カメラ。キーボックスを捉える位置に付けておけば、悪い輩に細工されてもとりあえずは記録できるだろ」
終わり
『住宅の内見』 小石原淳 @koIshiara-Jun
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