『住宅の内見』
小石原淳
第1話 うちみ
「社長~っ、お願いですから社名、変えませんか?」
「え、何で。折角浸透してきたというのに」
「ややこしいからですよっ。文章にしたとき、いちいち確認を取る必要が生じがちで、手間なんです!」
「そう?」
「社名が『住宅の
「うーん。私が子供の頃は、軽い怪我をする度にからかわれた程度で済んだんだがなあ」
「はい?」
「ああ。脛を机の脚にぶつけるか何かしてちょっと青あざを作ったら、『お、内見の奴、打ち身ができてらあ』ってな具合に」
「……しょーもな。ていうか、怪我する打ち身ネタの方も、社名絡みでちょっぴり言われることあるんですってば。冗談交じりに、『おたくがこしらえた家だと、家具とか置いたら、足の小指ぶつけまくったりしてね』って」
「うむ。ほんと、しょーもないね。まあ、社名については追々、検討に掛かってもいいよ。今度、見合いをする予定があって、ひょっとしたら入り婿になるかもしれないんだ。相手方の名字を社名にももらうのはどうかな」
「へえ、それはおめでとうございます。気が早いでしょうけど。それで、お相手のお名前、何て言うんです? もちろん下の名前じゃありませよん。どーでもいいですから。肝心なのは、上の名前、名字です」
「
「……微妙」
「え? 何でよ」
「だって、『住宅の新妻』と変更するんですよね? 何て言うか……ちょっぴりエッチな響きがありませんか」
「妄想を膨らませるのはやめなさい。さあ、仕事仕事」
「――社長、お帰りなさい。帰って早々になんですが、面倒が起きたみたいです」
「また面倒か。名前については後日、考えると」
「いえ、そうじゃありません。K区の物件について、ついさっき電話があったのですが」
「あそこなら今日、トドロキー社さんの仲介で内見のお客様が入っていたはず。ちょうど今時分だ」
「それです。鍵を開けて入ってみたら、死体が転がっていたと」
「死体って、まさか人?」
「そのまさかです。だからこそ面倒が起きたと」
「いやいや、面倒って呼べるのは猫とかネズミの死体レベルで、人となるともう大ごとでしょうが。それで、亡くなっていたのって何者なんだい? ホームレスの人が忍び込んだとか?」
「分かりません。担当の方の話だと、ちゃんとした格好の小柄な女性だったそうです」
「女性か」
「それで警察と救急に通報するけれどもかまわないねという、電話をくれたんです。うちとしてもノーと言えるもんじゃないですし、社長にはあとで伝えると言って、通報してもらったんですが、いいですよね?」
「もちろん。我が社の物件が事件の現場になったんだ。頬被りでは済まされない。恐らくだが、もしあの家のどこも破られていないのだとしたら、鍵の管理について聞かれるだろう。準備をしておいて。あー、それと、今日よりも前にあの家を内見した際の記録も、念のために出せるようにしといて」
「分かりました」
「社長。さすがです」
「何なに、今度は」
「警察の人が来て、社長の言っていた通りのことを頼まれました。鍵の保管方法と内見の記録。ほんとに二人組で来るんですね、ドラマみたいに」
「警察の人が来たって、それを早く言ってよ。私が会わなきゃいかんでしょ」
「はい。ですから、お通しして――あ、見えました」
「どうも。あなたがこちらのトップの方ですか」
「え、はい、まあ、社長なんてものをやっております。内見と申します」
「ご丁寧にどうも。私は
「もうちょっとと言いますと、既におおよそのことはご存知だと?」
「ええ。通報をくれた担当の方から聞きました。何でも、内見のための物件について、鍵をどう扱うかはいくつか方法があるそうで、遺体が見付かった家は、現地のキーボックスに保管しているとか」
「その通りです。うちの社員がいちいち現場に出向かなくても、仲介会社にナンバーを電話で伝えれば、鍵のやり取りができるというメリットがありますので。ああ、ナンバーというのは、キーボックス自体をロックする押しボタン式の数字錠を開くための数のことです。押すべき数字は六桁で、でたらめにやっても時間が掛かるばかりでしょう。キーボックスも頑丈ですから、そう易々と中にある家の鍵を取り出せやしません」
「それは分かるのですが、どうやら今回の事件で、犯人は正規の鍵を使ったように思われるんです。玄関ドアの鍵穴は実にきれいでしたし、他の窓には異常なしとくればね。無論、キーボックスも壊されてはいなかった。となると、考えられるのは……三通りかな。以前に内見の案内をした担当者が鍵を悪用した。どうにかして正しいナンバーを入力してキーボックスを開けた。あるいは、御社の鍵の管理に何らかの不手際ないしは悪意があったか」
つづく
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