第3話 真相


 鷺の不動産会社に寄ったところ、鷺は顧客対応で外に出ているという。おれと荒川は、事務職員の女性に教えてもらった喫茶店に足を運んだ。すると、鷺は直子と一緒にお茶をしているところだった。


「旦那さんをなくしたばかりだというのに。お二人でデートですか」


 荒川の声に、二人は顔色を変えた。鷺は「なにを馬鹿な。仕事の話ですよ」と言った。


「おやおや。奥さん。今度はお一人でお住まいになる家を? わざわざ?」


「関係ないじゃありませんか。警察の方には……」


 おれは胸ポケットから、一枚を紙を取り出した。それは、一郎が通っていた内科で借りてきた検査結果の紙だ。


「旦那さん、アレルギー反応を起こす物質が多岐に渡っていたそうですね。植物、食物、そして化学物質まで。最近もどうやら症状がひどいということで、受診をして薬の処方を受けていた、と主治医が教えてくれましたよ」


 直子は黙って俯いていた。鷺は「なにを、いったい」とまくし立てる。疑われた人間は、二通りの反応を示す。一つは直子のようなだんまり。それから、鷺のように口数が多くなる。


「奥さん。あんたたち夫婦の仲はずいぶんと冷めていたようだ。原因は旦那である一郎の不妊症。あんたは子供が欲しくて仕方がなかったそうだね。そして、原因が一郎にあるということを知った。しかし、一郎は不妊治療に協力しようとはしなかった。あんたはそれが面白くなかったのか。それとも、新しい男ができたからなのか。一郎に対し憎しみを抱くようになった」


 おれは鷺を見る。すると、鷺は観念したように黙り込んだ。


「シックハウス症候群。住宅に使われている様々な化学物質が原因で、アレルギー反応を起こすことをいうそうですね。これも、一郎さんの主治医が教えてくれました。その症状はまちまちで、人による。同じ環境にいても、症状が出る出ないは個人差があるという。あんたたちは、一郎さんの、そのアレルギー体質を利用し、じわじわとシックハウス症状を悪化させていった。

 普通、シックハウスは急性症状というものはあまりないそうだが。この1か月にかなりの家を見て回っていているからね。アレルギー反応というのは、摂取量があるラインを超えると発現するそうだから。

 一郎さんは、お前たち二人に仕掛けられた罠とも知らず、わがままな妻の願いを聞き、何軒も何軒も、内見をして回った。どの家も気密性の高い家だ。現場もそうだったな。エアコンがガンガン効いていて、換気もされていない。一郎さんにとったら、最後のあの家が、地獄の内見現場になった、ということだ」


「しょ、証拠はあるのか?」と鷺は悲鳴にも似た声を上げる。荒川はポケットから、二人がラブホテルから出てくるところを映した写真を取り出す。それから、鷺を睨みつけた。


「それから、あんたの職場の同僚に聞いたけど。あんた。特定の化学物質が使用されている家を探していたそうだね。同僚には、『その物質にアレルギー反応があるお客様がいるから避けるようにしたいんだ』とか言っていたそうだけど。調べてみると、どうやら、その家を志久夫妻に紹介しているね」


 荒川の説明に補足するように、今度はおれが前に出た。


「この検査結果を見れば一目瞭然だ。お前が探していた家は、一郎さんがアレルギー反応が最も顕著に出ている物質を使った家だ。これが偶然といえるか。鷺」


 直子は「この男が」と言った。その唇は紫色に震えている。


「この男が持ち掛けてきたんですよ。夫が死ねば保険金も手に入る。どうせ子供もできない人間なんだから、いなくなっても平気だろうって。それよりも、お金を残せるなら本望じゃないかって。だから」


「な、なにを。君だろう? もううんざりだって。あんな男と新居を構えるくらいなら、別な人と新しい人生を歩みたいって。だから、おれは……」


 おれはテーブルを叩いた。喫茶店の中が静まり返る。けどよ。しったこっちゃねえ。おれの心には怒りがふつふつと沸き起こっている。


「一郎さんは。不妊治療していたんだよ。お前に内緒でな。一郎さんは、同僚に言っていたそうだ。十年も苦労を掛けた妻だ。新居とともに、子供をぜひプレゼントしたいってな。あんたには、一郎さんを思いやる気持ちが足りなかったってことだ。夫婦ならよ。もっと話せ。黙っていたって、伝わる思いなんて一つもねーんだからよ」


 直子はがっくりと肩を落とす。荒川が二人の手に手錠をかけた。


 夫婦には他人が推し量れない関係っていうものがある。夫婦だからと言って、すべてを理解しあっているわけじゃない。だからおれも離婚したんだよ。くそが。おれは、今でもあいつに命狙われているぜ。


 こうしてシックハウス殺人事件は幕を下ろしたのだった。



―了―

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【KAC20242】死の内見 雪うさこ @yuki_usako

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