第2話 死者の声
志久の死亡は事件性が低いのではないか、というのが現場の雰囲気だった。しかし。検死の結果が出ると、それは覆された。
志久の死因は気管支の腫脹による窒息死。つまり、志久は喉を詰まらせて死んだ、ということになるのだ。なにか薬物が使われた可能性がある。薬物の特定と、本人の持っていた薬剤の解析。それから、どういう経路で本人の体内に入ったのかを調べることになった。
そして。翌日。捜査本部会議が開かれた。
「妻、直子とのことを調べてきました」と鷹野が報告をした。
「一郎と直子は結婚十年目。子供がいませんでした。直子は専業主婦で、近所からは評判のよい主婦でした。しかし、近所の住民には、時々、子供ができないことを相談していたようです。直子の受診歴を調べてみましたが、一年前に市内の婦人科に、不妊治療を希望して受診していました。結果は、直子には不妊につながる原因はないので、夫の一郎を連れてくるようにと言われたようです。直子はそれっきり、婦人科を受診していません」
本部長の上林が唸った。
「夫婦の間には、不妊が原因でトラブルがあったという線が出てくるな」
「そのようです。直子は友人にも『子供が欲しい』とこぼしていたようですから」
「そんな中で家の購入を考えていたということか」
「それなんですが。直子の携帯電話の通話記録を調べてみましたところ、あの梅沢不動産の鷺と頻繁にやり取りをしている記録が見つかりました」
すると、そこですかさず荒川が手を挙げた。おれたちは不動産の鷺を調べていたのだ。
「その件なんですが。今回の内見の窓口になっていたのは直子だったようです。不動産会社の事務職員の女性が言っていました。彼女はずいぶんと熱心に内見をしたがっていたようで、この一か月で、二十か所以上の家を見ています」
捜査本部が騒然となる。そんなに見る必要があるのか。それが普通の考えだ。家など、何軒見たって同じだ。物事を決めるとき、未来を予測して、さまざまなシミレーションをしてみたくなるものだが。したところで何になる。未来なんて、誰にもわからないものだ。ある意味、直観を大事するというのも一つだと、おれは思っているのだが。
「それをすべて鷺が担当していたということか」
上林はさらに唸った。
「事務職員の女性の話ですと、もうすっかり二人は打ち解けて、とても気さくに会話している様子があったそうです」
「二人ができていた、ということも考えられるな」
志久と直子の間は冷え切っていた。子供ができないことで、溝ができていた。不妊の原因は志久であるということを知った直子はどうするだろうか。そんな状況で新しい家を手に入れるとは。子供を諦めて、新しい環境で夫婦の生活をスタートさせたかった、とでもいうのだろうか。
いや。そんなはずはない。直子は言っていた。「子供が欲しかった」と。志久が死んだあの場所でもそんなことを言うのだ。彼女はあきらめちゃいない。むしろ、それが動機かもしれない。
しかし。直子はどうやって志久を窒息させた?
そこに鑑識の長沼が入ってきた。
「薬の解析終わりました。やはりこれは、抗アレルギー薬です。ピルケースからも、特に毒物は検出されていません。指紋は一郎のものだけでした」
アレルギー薬は関係ないのか。アレルギーねえ。アレルギー……。
おれは、はっとした。短期間に何十軒も内見をして歩く夫婦。突然の窒息死。
——そうかい。
テーブルを両手で叩いて立ち上がる。おれは椅子に掛けていた上着を持ってから荒川を呼んだ。
「おい。おやっさん。まだ会議途中だぞ」という上林の声を無視して、おれは廊下に駆け出した。
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