最強勇者のスローライフ前日戦線
ねくしあ@カクコン準備中……
勇者は家をお探しのようです。
この世界を混沌に陥れた悪しき魔王は、聖なる勇者リルガによって倒された。その一報が出回ると、世界中は歓喜に湧いた。
どれほどのものかといえば、一月の間、毎日ずっとお祭り騒ぎをしているという盛り上がりを見せるほど。
しかし次第にそれも落ち着き始め、魔王討伐から数カ月後――勇者である俺は、新たな生活の第一歩を踏み出そうとしていた。
「本日は当商会へお越しいただきありがとうございます! おや? もしかしてお客様は……見たところ――」
「俺はただの貴族の使いだ。決して、決して! 勇者などではない。いいな?」
「は、はいぃ!」
たとえあの喧騒が落ち着いたとしても、その原因である勇者――俺のことである――を見てしまえば、再び騒ぎが広がり祭り上げられかねない。それは俺が一番よく分かっている。
だから数ヶ月も経ってから、念願のマイホームを買う羽目になっているのだ。
ちっ……本当にしつこい奴らだった。思い出すだけで腹が立つ。それはたとえ目の前にいるのが可憐な少女であっても、その怒りを胸のうちだけに秘めるのは難しいほどなのだ。
「あの……何かご無礼を……?」
「あぁ、すまない。ちょっと嫌な事を思い出しただけだ。それで、話を戻してくれないか?」
「もちろんですとも。ではお客様、本日はどのようなご要件で?」
「俺――の主人は家を買いたがっている。今日はその内見に来た。もしかすると即決で買うかもしれない。許可は下りている」
といっても、許可は主人に取ったのではなく、パーティーメンバーに取った。半分嘘で半分本当、ってやつだな。金もしっかり用意しているが、メンバーの共有財産だから仕方ない。
魔王の首を討ち取った愛用の剣も、魔法収納に仕舞ってある。もし盗賊のような悪党が出れば、瞬く間に首と胴体を泣き別れさせることも容易だ。
「左様でございますか。ちょうど、ここら一帯にある邸宅のカタログが手元にあるのです。いくつか良さそうなものをお選びください。迷ってしまうようでしたら、条件にあった物件を見繕ってご紹介いたします」
「ありがとう。少し時間をもらう」
「えぇ。どうぞごゆっくり」
ここは商会の商談室。棚の上には貴重そうな骨董品が、財力を見せつけるかのように並べられている。
さきほど出されたコーヒーは、少しばかり冷めてはいるがまだ熱さを保っている。それを少しばかり口に含み、一つだけ加えた角砂糖の甘さを舌で感じ取りつつカタログのページを一枚ずつゆっくりとめくっていく。
「ふむ……」
数は全部で二〇個ほど。そのどれもが豪邸と呼べるような代物であり、値段も庶民からすれば目が飛び出るほどのものとなっている。一生分の稼ぎとそう変わらないのではないだろうか。
「ではこれにしよう。早速案内してくれ」
「かしこまりました。準備も終わっております。どうぞこちらへ」
そう言って目の前の少女、もとい商人は部屋を出た。俺もそれに続く。
少し歩けば商会の外へ移り変わり、そこには馬車が止まっていた。既に御者もおり、いつでも出発できる状態のようだ。
「ではどうぞこちらへ」
扉を素早い動作で開け、乗るように促されたのですぐに段差を登り中で腰掛ける。その間に商人は御者に行き先を告げているようだ。
俺は小さな窓に頬杖を付き、空を見上げた。
「よく晴れた青空だな……心地いい」
「私も同感です。あなたのような方が大きな事をするにはぴったりの日だと思いますよ」
どうやら御者との会話を終わらせたらしき商人は、ごくごく自然な流れで会話を始めた。さすがだ。
「ははっ、そうか。確かに『大きな事』だな」
呟くと同時に、馬車が動きだした。
それなりに品質がいいのだろう、あまりガタガタと揺れることはない。ただ景色がゆったりと流れていく。
街行く人の表情は明るかった。数年前からずっと続いていた、あの暗い世界は消え去っていた。
今や、人々はゴーレムのように、買い物などの「目的」を果たすためだけに足を動かしてはいない。希望の宿った目で、己の未来を見ている。
――そんな思いに耽っていると、商人が俺に話しかけていた。
「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はフアマネと言います。どうぞよろしくお願いします」
そう言って、フアマネはお淑やかな雰囲気を出しつつ礼をした。それと共に水色の長い髪が揺れる。……なんだかいい匂いがする。
「俺は……ルガという。よろしく頼む」
「ふふ、わかりました。ルガ様ですね」
さすがにここでリルガと名乗るわけにもいかない。だから偽名だ。適当なのは……しょうがない。変な名前だと忘れそうで怖いしな。
フアマネの見透かしていると言わんばかりの態度になんだか気恥ずかしくなってしまい、視線を逸らすように再び窓の外を見る。
すると、そこはもう先程までの綺麗な王都の町並みではなくなっていた。どこか見覚えのあるような、郊外の風景が遠くまで続いていた。
「そろそろ到着ですよ。降りる準備をお願いします」
「分かった」
とは言ったものの、別に荷物があるわけでも腰が悪いわけでもない。俺はまだまだ元気な若者なので、身体の重心を背もたれから前に移動させ、馬車が止まる時を待つ。
そうして数分後。キキッという金属音が鳴り馬車が停まった。
フアマネは率先して馬車を降り、手で目的地を指し示す。
「ここが目的地である旧ハンダム伯爵邸です。さぁ、早速中へ入りましょう!」
「そうだな。俺も気分が上がってきたような気がするよ」
大きな建物は男のロマンだ。
勇者時代はよく貴族の家に招待されたり、巨大なダンジョンを攻略したりもした。そう思うと懐かしい感覚に心が震えるし、胸が高鳴る。
同じように興奮しているフアマネ――明らかに足早に進んでいることから分かる――についていく。玄関の前で一度停止まったものの、すぐに解錠音がしてまた動き始めた。
そして飛び込んできた景色は、圧巻のものだった。
火はついていないが、やはり目を引くシャンデリア。そこら中にある貴重そうな骨董品に絵画。しばらく人の手が入っていないことがわかるほどホコリが積っているのに、かつての紅さが伝わってくる真っ赤なカーペット。
まさに貴族の屋敷だ。これほどのものは中々ない。きっとこういったものが好きな人だったのだろう。
「どうです? いいところでしょう!?」
「あぁ。正直な話、既にかなり気に入っている。少し回って何も問題がないようなら即決で買ってしまおうかと思っていたところだ」
「あ、ありがとうございます! なんだかやる気が溢れてきました……私も案内頑張ります!」
言葉の通り、やる気に満ちた事を全身で表現するフアマネ。小躍りしている様は愛らしく見える。
「じゃあまずはどこから案内しましょうか……」
「そうだな、ここから一番近いのはどの部屋だ?」
「ここからですと……厨房でしょうかね。あと食堂です」
「ならそこで頼む」
「了解ですっ!」
軍人や衛兵がするような敬礼の真似事をし、目的地へと歩き始めたフアマネ。俺もそれに追従していく。
ホールの右側にあった両開きの扉の前まで行くと、一緒にそれを開けた。そして広がるのは、また別の空間だった。
玄関はその財力を見せつけるかのようだったが、こちらは洗練されていて芸術的な意匠が一層際立っているように見受けられる。
個人的にはこちらの方が好きだ。このモダンさがどうにも心をくすぐるからな。
「いいな。素晴らしい」
「そうでしょう? 私も数年前に見た時に同じ感想を抱きましたよ!」
健気に笑いつつ、大きくはない胸を張って自慢げにしている。なんだか微笑ましいな。
「ちょっと! 何笑ってるんですか!?」
「あ、あれ。顔に出てたか。すまない……馬鹿にしているわけじゃないんだ」
「絶対嘘ですよね!?」
ぷんぷんと怒るフアマネを見ていると、必死に抑えていた笑いが――抑えきれていなかったようだが――段々とにじみ出てきてしまう。
ついには最終防壁を突破され、口角は完全に上がりきり声すらも漏れ出始めた。
「くははっ、はははは!」
「ちょっとぉ! もう言い訳できませんよ!?」
どうしてだろうか。本当にツボなのかもしれない――いつもはもっと冷静なはずなのだが。
笑いが収まらない俺に対し、フアマネは怒りを通り越して呆れに変わっていたようだ。次第にはその呆れも青ざめたようになっていき……?
「ルガさん! 後ろ!」
突然叫ばれた言葉。理解することは一瞬で出来たが、なぜそれを言われたのかはさっぱり分からない。
ひとまず状況確認のために後ろを向いて――
「ヲォォォォ!」
「
襲いかかってきていたのは半透明の黒い幽体。手にはナイフを持っており、服装は……分かりづらいが給仕のようだった。明らかに素人の動きをしていたことからもそれが分かる。
即座に敵だと判断した俺は、手持ちの技術で一番早い速度の魔剣術でそいつの首を刈った。
すぐに首と胴体は離れ、まだ殺意の籠もった目をしながら首は虚しく宙を舞った。
「おっと。つい反射で殺してしまったが……まあいいよな」
「――す、すごいです! かっこいいです!」
いきなり目をキラキラさせ、まるで英雄に話しかけるような態度で褒め始めた。さっきまでの怒りと呆れはどこへやら。
「ま、俺にとっちゃどうってこともないさ。……けどここにいてもいいことはなさそうだ。ホールまで戻ろう」
「そうですね――あ、怖いので先を行ってもらっていいですか?」
「はいはい」
え、英雄に対して何たる……! なんて思っても仕方ないな。
抵抗を諦め、足早に先へ進む。後ろから「待ってくださいよ~」って聞こえてくる気がするが、きっと魔物の仕業に違いない。実際にそういう魔物もいることだしな。
「次はこっちだな」
「ちょっと、早くないですかぁ……?」
玄関のホールの左側にあった廊下を進む。恐らく外に面していないのだろう、窓はなく、照明がないので少し薄暗い。しかしどこかから差し込む日光によって最低限の明るさは確保できている。魔法を使う必要もなさそうで何よりだ。
廊下の床も、ホールと同じ素材のカーペットであり、壁にはまた違った絵画が等間隔で並べられている。絵画と絵画の間には扉があり、何かに使う部屋であることが推察できる。場所から考えると客室な気もする。
「こ、ここは客室の間ですっ」
「やはりそうなのか」
後ろから聞こえてくる疲弊した声に同意しつつ、たまたま左にあった扉を開けてみる。
「グシャアアア……」
「
威嚇音と共に現れた、人ほどの大きさがある植物の魔物。花の中心が顔のようになっており、鋭い牙と恐怖を感じさせる目があった。
だがあまりの気持ち悪さに耐えられず、即座に魔法での殲滅を決定した。途端に耳障りな声で叫びながら炭へと変わり果てる植物。
「なんて素早い……」
「俺はどうにもこういうのが嫌いでね。昔から慣れないんだ」
「た、確かかの勇者も植物系の魔物は容赦なく滅ぼしたって聞いた覚えがありますねー」
「そうだな。俺とは断じて関係はないが、同じような行動だな。気が合いそうだな」
こんな会話をしているが、全く目は合わない。互いに視線をそらしている。
「そうだ、次はどうしますか? 帰りますか? それともまだ見ますか? さすがにこんな気持ち悪い魔物がいる屋敷は――」
「買った。金は今渡すとまずいだろう。馬車か商会で受け渡しする」
「無理ですよね……ってえぇ!? 本当にいいんですか!?」
「あぁ。面白そうだと思った。問題はないよな?」
「そうですけど……!」
呆れ、というより困惑と恐怖が入り混じったような表情だ。俺がもし一介の商人だったら同じような反応をするだろう。
「それじゃ、先に馬車に戻るよ」
「あっ、ちょっと置いて行かないでください!」
さてと。まずは家の「掃除」から始めないとな。これから忙しくなりそうだ。
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