第7話 何も変わらない

「おいおい、大丈夫かよ……?」


 半ば、ハンターに抱えられるようにして戻った私とジェフに、周囲の冒険者達が慌てている。反応する気力さえ無くて、私は渡された魔力回復のポーションをなんとか飲み下した。

 ……苦い。

 ジェフの方は私より先に魔力が尽きていたこともあって、半ば眠った状態でポーションを口に注ぎ込まれている。

 ハンターたちが、余裕の顔でエールを酌み交わしているのが、ちょっと悔しい。


「少しは、お腹に入れておかないと身体に悪いわよ?」


 なんて微笑みながら、リリアンがシチューをスプーンで掬ってくれる。

 パクっと食いついたけど、吐き気が込み上げてくる。」笑われたくないから、必死に飲み下した。


「トワの魔力量は、思っていた以上だな。モノになればデカいね」


 やったね、とうとうエディーに名前を呼ばせた。

 もう「嬢ちゃん」なんて言わせるものか。


「ああ、祈りのバリエーション次第では、かなりの拾い物だ」


 ポーションが効いてきたのか、頭のふらつきが収まってきた。

 とんでもない一日だった。

 ハンターたちの武力だけで、地下二階の半ばまで到達できる。そこから先をジェフと私に任されたのだ。

 言葉通りに、魔力の限界までジェフは攻撃魔法を放ち、私は回復ではなく【聖壁セイクリッド・シールド】や、【聖なる武器セイクリッド・ウェポン】をこれでもかとばかりに使わされた。

 ジェフがダウンすると、バイスの斧や、エディーの短剣に聖なるお力を付加して、戦い続ける。私もダウンした時点で、やっと帰路についた。


「ダンジョンの中で、ポーションを飲まされなかった分、優しいのでしょうか?」


 上目遣いで睨む私に、ハンターたちは笑い転げた。

 リリアンは笑いながら「良い根性してるわ、あなた」とハグしてくれる。……抱かれ心地の良さは特筆ものだ。本当に下着をつけて無いのかも。


「魔法も祈りも、使えば使うほど慣れて上達するなら、とことんやった方が成長も早かろうよ。素質はあっても、まだ駆け出し程度じゃあしようがねえ」


 地下二階の敵なら、ハンターたちにとっては苦にもならない。それでも、私やジェフにはちょっと荷が重い。……経験を積むにはベストな環境かも知れない。

 魔力切れを起こしても、に任せておけば不安がない。

 しかも、回復以外に魔力を使える機会など、これまでではほとんど無かったし、新米だらけのパーティーでは、当分巡って来なかったろう。


 頭がシャンとしてくると、とたんにお腹が空いてきた。

 薄めたワインと硬いパンとシチューの安い定番セットを頼み、とにかく口に放り込む。


「すぐに飯が食えるようなら、見込みがある」


 お行儀悪く貪る私に、ハンターが目を細めた。

 固形物を咀嚼する気にならないのか、食事代わりのエールを何とか飲み下そうとしているジェフは、呆れ顔で私を見ている。


「それから、トワ。お前にライトフレイルは無理がありすぎだ。売っちまえ」

「せっかく宝箱から出たのに……」

「その細っこい腕で振り回しても、意味がないだろう? 手持ち無沙汰なら、杖でも持ってろ。スリングもいらないくらいだ」


 頬を膨らませるが、似合わないのは解ってる。

 万が一の護身用なら、ナイフでも持ってる方が役に立ちそうなものだけど、やいばの付いたものは神様が嫌うから、仕方がない。

 左手には円盾があるけど、右手が空っぽだと、手持ち無沙汰なので持ってたのは見抜かれてるみたいだ。

 本当に私は、腕力が無さ過ぎる。


「少し考えてみます。……今日の所は、もう帰りますね」

「……神殿か」

「寝床は確保できますから」


 ジェフが羨ましそうに見ているが、これは神官特典みたいなものだ。

 少ない稼ぎの中で、宿代は結構苦しいだろう。

 ドアを開けたら、まだ夕日が沈んでいないのに驚いた。

 もう夜のつもりでいたのに……。


     ☆★☆


 翌日もすることは変わらない。

 リリアンはまた寝坊してくるし、ダンジョンに潜れば、魔力切れまで祈りまくる。

 違いは私の右手に、松明たいまつがあることだ。

 灯りは多いに越したことがないし、右手も埋まる。それに、いざという時には棍棒代わりにこれで殴れるし……。


「まあ……そのくらいが妥当か……」


 との評価なので、問題はあるまい。

 ジェフも顔を強張らせながらも、逃げずにメンバーに加わった。


「……大丈夫?」

「キツイけど、あれだけ追い込まれれば、レベルもすぐに上がるから。レベルが上がれば、それだけ死ぬ確率は下がるはず……。俺、死にたくないもん」

「だね……。魔力を使い切っても、フォローしてもらえるパーティーに居られる方が貴重だもん」


 そんな新米二人の決心を、ハンターが嗤う。


「そう思ってた時期は、俺にも有る。……でもな、レベルが上がればそれだけ先に、深い階層に潜ることになる。今はお前たちに合わせているが、いつでも死は隣り合わせだぜ?」


 暗く口を開けたダンジョンの奥底から、誘うような風が吹いた。



『完』

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野望と欲望の迷宮 ミストーン @lufia

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