第6話 鎧袖一触
それでも目が醒めれば、身支度を整えてダンジョンへ向かう。
心が伴わなくても、身体が勝手にそう動く。
新たに増えたライトフレイルが、少し重い。この重さに慣れれば、少しは筋力も付くだろうか?
振り回しても、コウモリ一つ怯ませることさえ出来なかった、この腕に……。
「心配したが、滅気ずに来たね……嬢ちゃん」
エントランスに入るなり、昨日の口髭の男……エディーが話しかけてきた。
今日は厚めの革鎧を着込んでいる。……斥候だろうか。物腰も抜け目が無さそうで、足運びもしなやかだ。
「……トワ、と呼んで下さい」
「信頼できない内は、『嬢ちゃん』と呼ぶよ。嬢ちゃんに興味を持ったのは、俺じゃないから」
ニヤッと笑う。
失礼な言い方だが、興味を持たれるほど優れた自分じゃない。
数段慣れた身のこなしのエディーに信頼されると思えるなら、それは自惚れだろう。
エディーは、奥のテーブルに
「こっちだよ。ハンターがお待ちだ」
「ハンター?」
奥のテーブルで、両肘をテーブルに付いて口元を隠した、目付きの鋭い青年がこちらを睨んでいる。くすんだ金髪を中央で分けた長髪を肩に流し、レザージャケットを着込んだ男は、戦士といえばしっくり来る筋肉を見せつけるが、役割は解らない。
装備が軽装過ぎるのだ。
隣に座る男のように、鎖帷子でも着込んだ方が似合うだろう。浅黒い肌の、小柄だががっしりとした、いかにもな戦士。
その隣りには、緊張気味の魔道士らしい少年が緊張している。
自分も含めて、ちょっと妙な取り合わせだ。
ハンターと呼ばれた男の隣り、浅黒い肌の戦士はバイス。魔道士の少年はジェフと名乗った。
「もうひとり……寝坊助がいるから、少し待ってくれ」
重々しくハンターが告げ、暫く待つことになる。
……気まずい。元より口が重そうな二人に、緊張を溶けない二人。間で、気軽そうなエディーは、面白そうに眺めるばかり。
間を繋ぐ為に炭酸水を頼み、チロチロと舐める。
沈黙に耐えきれなくなった頃に、ようやく最後の一人が現れた。
「おはよ……もう朝食を済ませた?」
いかにも寝坊したと主張するような寝乱れ髪と、ローブの下の胸を大きく揺らしながら、お色気過剰な魔道士の女性が、ミックスサンドとワインを注文する。
「リリアン……お前な……」
ハンターの鋭い目で睨まれても、意に介さぬようにワインを楽しみ、厨房でサンドイッチを作る様子を嬉しそうに眺めている。
諦めたかのように、エディーが切り出した。
「とりあえず揃ったから、話を始めようや。緊張しっぱなしで、嬢ちゃんと坊やが可哀想だよ」
「うむ……。ようやく、傷も癒えた。前回、攻略失敗した一層エリアボス踏破を目指して、新入り二人を鍛える所から始める……」
「………………?」
って、それだけなの?
私、まだ加わるとも何も、返事もしてないよ?
「……ハンターは、言葉が足りな過ぎ。でも、お二人さんもまだ固定パーティーは持っていないのでしょ? ものは試しで、今日は加わってみなさいな?」
トマトやベーコンを贅沢に使った白いパンのサンドウィッチをパクつきながら、リリアンがフォローしてくれる。
固定パーティーは無いって、知ってるんだ。
ひょっとして、私たちを選んだのって、この人?
「そうよ? だって……男三人とも、一昨日まで大怪我で寝込んでたんだもの。そこで私が、新メンバーに相応しい子を見繕ってたわけ」
「リリアンの目を信じないわけじゃあ無いが、大丈夫なのかいな?」
「さあ? 一度組んで見れば解るんじゃない?」
エディーの疑問をふわりといなす。
クスクス笑いながら、リリアンの金色の瞳が私を見た。
「でも、トワちゃんは初日から、アベルたちのスパルタ教育にしっかり着いて行ってたらしいもの。……デビュー戦で地下三階に紛れ込んで、生きて戻って来た娘って貴重でしょ?」
「マジか? あいつら、無茶をし過ぎだろう?」
……やっぱり、無茶だよね?
生きて帰って言うのも何だけど、絶対死んでた。普通なら死んでた。
あれで肝が座ったから、地下一階の魔物には動じてないのは確かです。
その分、アベルたちが凄すぎるに違いない。
「まあ、あいつらも行けると踏まなければ、連れて行かないだろ? そんな嬢ちゃんがまだ浮いたままっていうのは、ラッキーかもな」
「アベルたちはエリアボスを突破したし、スコットたちは大成功。……これ以上遅れを取る訳にはいかない」
エディーの軽口に、ハンターが頷く。
ほんの二週間前に、アベルたちはエリアボスを突破した。
その証拠とも言える、琥珀色の転移石を見せてくれたから確かだ。「はちみつを固めたみたいで美味しそう」と素直な感想を言ったら、思いっきり笑われたっけ。
初日に、地下二階で擦れ違ったスコットさんたちのパーティーは、もはや生ける伝説になっている。
抱えていた魔導機は、全て粗大ゴミと見做されていた二階の廃棄物だったが、それを買い取った商会から、謝礼として『妖精のランタン』と言われる、とんでもない魔導機を受け取ったという。
確か……ドルチェ商会とかいう、魔導機を扱うお店。
しかもそこの商会主は、私とたいして歳の変わらぬ女の子にも関わらず、その粗大ゴミの殆どを修理してしまって、莫大な利益を上げたという話だ。
『妖精のランタン』すら、謝礼として惜しくないほどの額って……想像もできない。
そんな彼らも、時を同じくしてエリアボスを突破したらしい。
今、国有ダンジョン『欲望の
「嬢ちゃんの優秀さは解ったが、ジェフって坊やの方はどうよ?」
「……ん? 美味しそうでしょ?」
「おいっ!」
仲間の総ツッコミをよそに、ねっとりとした眼差しを向けられ、ジェフは真っ赤になって俯いてしまう。
「そういう基準で選ぶか、普通?」
「失礼ね、エディー。そっちが目的なら、もうとっくに過去形になってるわよ? 美味しそうなのは、この子の魔力。育ち盛りだもの……」
「どっちにしろ、俺たちはリリアンの目利きを信じるしか無いんだが……」
頭を抱えながら、ハンターが開き直る。
リリアンがようやく食事を終えたのを確かめて、両腕に拳から肘までを覆う金属の防具を装着し、立ち上がった。
「とにかく……こんな所でダベっていても、金にも経験にもなりゃしない。そろそろ行くぞ」
ぞろぞろと皆が立ち上がる。
バイスの武器は手斧。エディーは両手でクルクルと短剣とナイフを回して両腰の鞘に挿す。リリアンは大きなとんがり帽子を被り、曰く有りげな杖を持った。
その杖を羨ましそうに見つめるジェフに、エディーがニヤニヤと囁く。
「気持ちは解るぜ、ジェフ。リリアンはローブ一枚で、下着は一切着けていないそうだ」
「そ、そっちを見てるわけじゃなくて……」
「あら? 戦闘中以外は見ててもいいのに」
悩ましげに揺れる胸元から、慌てて目を逸らすジェフが可愛い。
そこに更にエディーが、追い打ちをかける。
「初心な方が好みなら、トワはまだ生娘だって評判だぜ?」
「ま、マジで……?」
こっちにまで、飛び火をさせないで欲しい。
いっつも、それでからかわれてるんで、少しは慣れたけどさ。
処女で悪いか! と開き直っちゃう。
だから、リリアンも不思議なものを見る目で見ないで……。
エロ・パーティーですか、ここは。
そんな騒ぎを他所に手続きを済ませ、ダンジョンの入口を潜ってゆく。
出迎えるように現れたコウモリに、全員が武器を構えるが、ハンターは無造作に立ったままだ。そこに当然のように、コウモリが襲いかかる。
その牙をへし折るかのように、ハンターの拳が炸裂した!
血煙とともに跳ね飛ばされたコウモリは、壁にぶち当たって動かなくなる。
「初めて見た? ハンターは、
目を丸くする私とジェフに、高みの見物状態のリリアンが教えてくれる。
エディーはコウモリの牙をナイフで受け止め、短剣でその首を斬り飛ばした。バイスに至っては、コウモリの鼻先に斧を叩きつけて、真っ二つに割り裂いてしまう。
三匹のコウモリを一瞬で葬った実力に、私は息を呑んだ。
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姉妹編として、書いております連作短編集
『ドルチェ商会へようこそ!~魔導機の修理、販売承ります~』
(https://kakuyomu.jp/works/16818023214157863954)
の方も、よろしくお願いします(^_^;)
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