妹は壁である

白千ロク

本編

 大学からは兄と――おにぃとルームシェアをすると決めて、無事に合格を果たした私達は今日、いくつかの住宅の内見をすることになっていた。


 アパート暮らしの予定だが、大学近くというわけではない。大学に近いそれなりの物件になると、それこそ早くから押さえられているから、いまから探しても無駄なのだ。と、そんなことをおにぃは言っていた。つまり、お目当てのどの物件も徒歩通学となると十分以上はかかるようだが、自転車通学も可能なので問題はない。自電車通学ならダイエットにもなるしね。


 私達は連れ子同士なので、兄妹といっても同い年である。おにぃの方が誕生日が早いから、おにぃと呼んでいるだけだ。身長は私の方がちょっと高いけど。


 予約をした不動産屋から女性の営業さんとともに歩いていっているが、営業さんはちらちらとこちらを見てきていた。気持ちは解る。おにぃの右隣を歩く私は、おにぃの左隣を歩く男を見た。背の高いイケメンを。この人には、この世の者とは思えない美しさがある。イケメンすぎてこちらの目が腐りそうなんだよね。


 私達は幼なじみという関係なんだけども、おにぃとイノさん――市野いちの武春たけはるという名前だから、私は名字の方をとってイノさんと呼んでいる――は距離が近い。昔からヤバいくらいに近い。いまだって手を繋いでいるんだよね。いやまあ、一方的にイノさんが恋人繋ぎをしているだけなんだけど。おにぃの方はげんなりとしている。コイツマジかよ、といった感じで。


「お前は時と場所を選ばないんだな……」

「手を繋ぎたいから繋いでなにが悪いの?」


 しれっという言葉はそのとおりなんだけど、場所は選んだ方がいいんじゃないかな。言っても笑みでかわされるけど。


 恋人繋ぎのまま、三階九部屋建てのアパート二階にやってきた。南側だから日当たりがよさげである。私達は「こちらが本日内見希望の物件でして――」という営業さんの案内に続いていく。玄関からお邪魔します。


 個室がほしいから2LDKだよ。2LDKのとおり、部屋はふたつにキッチン、リビングとあり、トイレとお風呂は別。だからまあ、家賃はそれなりにする。折半にするつもりだけど。


 ひととおり見終わると、イノさんが口を開いた。にこにこ顔はへらへら顔に変わる。


「2LDKよりも3LDKにしない?」

「オレたちの部屋と物置兼客間か?」

「違うよ。俺も一緒に住むの。――って、なんでそんな嫌そうな顔をするの?」

「嫌に決まってんだろ。なにされるか解らんし」

「まだなにもしないよ」

「まだってなんだ!?」


 お前マジでふざけんな! と叫ぶおにぃだが、「俺はいつだって本気だよ」と返されて言葉に詰まった。そりゃあ、手の甲にキスをされたら狼狽えるわ。


「兄さんのお祖父さんがまたアパートを建てたようでね、いま入居者を探してるんだ〜。三人仲良くそっちで暮らそう?」

「兄さんって……、お前兄貴いたっけ?」

「いとこだよ、いとこ。ちょっと性格に難ありだけど」

「そのいとこのお兄さんも、お前にだけには言われたくないと思うわ」

「いや〜、俺は兄さんよりは歪んでないよ?」


 あの人の恋人は本当に大変そうだし。そういうイノさんはまたおにぃの手の甲に唇を落とす。


 あ、私は壁です。ふたりを眺めている壁。別に腐女子ではないからどうこうという妄想はしないんだけど、おにぃとイノさんが幸せならいいかなと思っていますね。おにぃもおにぃで怒るんだけど、最後は結局構うからねー。


 営業さんは「ふわぁー!」と感嘆の声っぽいものを漏らしていたが、次の物件に行きましょうか。イノさんはああ言ってはいたけど、見てみないことには解らないからね。


 気を取り直したおにぃに頭を引っ叩かれたイノさんとともに残りの物件を見に行ったが、最後はイノさんの言うとおりに3LDKに住むことになりました。同じ不動産屋だったからよかったけど、違うところだったらちょっと面倒だったかも。


 やっぱりおにぃは甘いよね。そういうところが離したくない要素なんだと解っていたりするのかな? あー、いや、解っていたらリアクションはしないか。わざわざ面倒なことにはなりたくないし。ということは、おにぃもおにぃで少なからず思っているってことかな?


 私からはどんな感情かは解らないけど。




(おわり)

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