マッチングアプリの少女

ケイティBr

ラクラク持家マッチング

『私に家を売ってくれませんか?』


 俺は芦田 火木あしだ かもく37歳、不動産を経営している社長だ。


 ある日、不動産売買のアプリである『ラクラク持家もちいえ』を開いて投稿を確認していると。


 画面には、制服を着た女子高生らしき少女の投稿が表示されいた。


 その少女は、雪乃 灯里ゆきの ひかり18歳とのことだ。


 成人しているので、本人が物件の購入事態は可能だ。だが、予算がたった10万円だった。


「これじゃまともな物件は買えないな……」


 俺は、新卒で入った不動産屋では色々とあくどい事をしてきた。


 俺は金が欲しかったんだ。だから、いわくつき物件を騙して売ったり。


 販売価格に過剰なサービスを上乗せて、保険屋からのキャッシュバックを懐に入れるなんて事もしてきた。


 引っ越しの際に、修繕費を上乗せする。なんて日常茶飯事だ。


 そんな俺の家は、とび職だったが事故で足を悪くしてからは、酒浸りでまともな定職につかない親父とそれを夜職で支える母親がいた。


 俺が、高卒で働き始め、稼ぎが入ると二人とも喜んでくれていたが、段々と両親からの感謝の気持ちが感じられなくなっていった。ある日――


「ねぇ、もっとお金貰えない? 今月ちょっと入り用でさー」

「俺も、パチンコ行く金がなくてよ」


 歳を取って夜職の収入が減った母親は、俺から小遣いをせびりホストクラブにハマっていた。親父は相変わらずフラフラしていて家に寄り付かない。


「お袋、地方に行こう。俺、貯金はあるからそれを元に会社を作ろうかと思ってる」

「いやよ、地方になんて行ったらケンジに会えないじゃないっ!」


 ケンジとは母親が、ハマっているホストの名前だ。


 結局、俺は一人で地方へ移り、『芦田あしだ不動産』を立ち上げた。


 親との繋がりを断ち切り、新たな人生を歩む決意だった。でも、どこかで昔の自分とそのやり方からは完全には逃れられずにいた。


 そんな時、雪乃 灯里ゆきの ひかりの投稿に目が留まった。


 10万円という予算に、一瞬冷笑しかけたが、何故かスルーできなかった。彼女の必死さが伝わってきたのだ。


 ふと、画面の少女の中にかつての自分を見たような気がして――


(まぁ、お袋に小遣い上げるよりは良い使い方をしてくれるかもしれねーな)俺は返信することにした。


「10万円で買える良い物件は正直に言ってありません。でも、何か手伝えることがあるかも知れませんので、詳細を聞かせて頂けませんか?」


 返事はすぐに来た。雪乃 灯里ゆきの あかりは母親と二人で住んでいたが、母が病で亡くなり、今は一人ぼっちだった。


 彼女には夢がある。亡き母親の夢だった小さなカフェを開くこと。そのための場所を探していたのだ。


 俺は考えた。10万円ではカフェの場所を確保することは不可能だ。


 でも、別の方法で彼女の夢を叶える手助けができるかもしれない。


 俺は灯里あかりを誘い、市内を案内することにした。


「きょ、今日はよろしくお願いしますっ」彼女の声は少し緊張していたが、目は希望に満ちていた。


 雪乃さんは両親が亡くなり家が貧しいのだろう。この日は休日だと言うのに彼女は制服だった。


 けれど、その制服はキチンとアイロンがされており大事に使われているのが見て取れた。


 ただ、靴は履き潰されており、良く使われていた。


 恐らくバイトでもしていて、この革靴を常につかっているのだろう。


「はい。こちらこそ。雪乃様のお眼鏡に叶う物件が紹介出来るとは限りませんが、誠心誠意、案内させて頂きます」

「ゆ、雪乃様だなんて……なんか慣れないです。普通に話してください。そ、それより10万円しか無いんですけど大丈夫ですか?」

「それでは雪乃さんとお呼びしますね。法改正によって、空き家をそのままにしていると税金がかかるようになったからね。だから根気よく探せば、良い物件がある可能性はあります。ただし、そう言った物件はすぐに決まってしまうので、市場に出回らず業者内の売買となることが多いんだ」


 俺は、雪乃さんを車の助手席に招き、いくつかの物件を一緒に回った。しかし、見せたどの物件も彼女の夢にはほど遠いものばかりだった。


 そんな時、道沿いのある古風な物件が目に留まった。


 武家屋敷のような佇まいの物件は、主要道路沿いにある蕎麦屋だ。


 そこは俺も食べに行った事があるお店だった。


「わぁ、あの物件でカフェをやれたらなぁ」


 どうやら雪乃さんもあの物件が気に入ったようだ。あの店は、俺の知り合いの老夫婦が経営している店だった。


 だけど、今日は営業をしていなかった。


 車を駐車場に停めて、入口を見ると『店主の体調不良により休業』と書かれていた。


「休みか、爺ちゃん大丈夫かな」

「お知り合いなんですか?」

ま俺はここの出じゃなくて引っ越して会社始めたから最初は色々な所に挨拶まわりしてたんだ。ここの店主は、元々この辺りの地主でさ。お世話になってたんだよ。最近は、他県でも不動産ビジネス始めたから中々、来れてなかったんだけど……」


 この店は、爺ちゃんの道楽で始めたお店だ。


「俺が死んだらこの店は終いにする」と言っていた。


 爺ちゃんと交渉すれば、安価でカフェをオープン出来るかもしれない。


 それに、俺の知り合いには内装を手伝ってくれる職人もいた。


「ここでカフェを開いたら、どう思う?」


 灯里の目が輝いた。彼女ははっきりと「やりたい」と答えた。けど、その表情はすぐに曇った。


「それより、お爺さんが心配です」

「そうだな……雪乃さんが良ければ、一緒にお見舞いに行こうか、いいかな?」

「はいっ。私は大丈夫ですっ!」


 俺は、その返事を聞いてすぐに行動した。


 スマホの連絡帳から、爺ちゃんの電話を確認して電話し、病院へお見舞いに行った。


 病院について面会すると爺ちゃんは、腰で悪くして入院していたのだった。


「なんでぇ、急に会いてぇとか言うから、結婚報告かと思ったのによ」

「そ、そんなわけないだろ。雪乃さんとは今日会ったばかりだ。それに彼女はまだ子供だ」

「私、もう成人してます!」


 俺が爺ちゃんと話していると、雪乃さんがムッとした顔で会話に入り込んで来た。


 それから、雪乃さんは爺ちゃん、婆ちゃんと話しが弾み仲良くなっていった。


 すると――「良いじゃねぇか、和風カフェ。もともと家の蕎麦屋は道楽でやってたしな。灯里の道楽でカフェにするのもいいだろ。あの店を貸してやるよ」


「そ、そんな。良いんですか? 私お金がこれだけしか無いんですけど……」

「何、気にするこたぁねぇ。どうせ店を開けられてないんだ。俺ぁ、元気になったらまた蕎麦を打たせてくれればそれで良い」

「それじゃ、お蕎麦と合う飲み物も考えないとですね」

「あぁ、そうしてくれ。楽しみにしてるからよ」


 その後、雪乃さんは、本当の孫娘のように可愛がられるようになって、爺ちゃんが亡くなった時には隠し子を疑われてしまったが、それはまた別の話しだ。


 俺はと言うと、雪乃さんの夢を実現させるために動き始めた。


 これまでの自分の行いを少しでも償おうと、雪乃さんのカフェ開業に向けて全力を尽くすことにした。


 内装工事の手配、資金調達の相談、そして地域の人たちへの宣伝。


 雪乃さんはカフェの準備が進むにつれて、明るくなっていった。


 彼女の笑顔を見るたびに、俺の心も温かくなる。冷え切っていた俺の心に灯された彼女との出会いが、俺を変えていく。


 俺は気づいた。金銭を追い求め、何もかもを犠牲にしてきた過去。


 しかし、本当に価値のあるものは、お金では買えない。雪乃さんと共に過ごす時間、彼女の夢を叶える喜び。それが、俺にとっての新たな人生だった。


 カフェ『灯里ひかりの里』の開店日。


 俺は、これまで感じたことのない充実感を味わっていた。雪乃さんとの出会いが、俺にとっての救いだったのだ。


「雪乃さん、開店おめでとう。俺が手伝えるのはここまでだ。これからも陰ながら応援してるよ」

「芦田さんありがとうございました。芦田さんは私のあしながおじさんです」

「そ、そうかな。そう言って貰えると嬉しいけど」


 それから灯里さんは、俺の両手を手に取り胸に添えて微笑んだ。


「あしながおじさんの結末って知っていますか?」

「え、どんな結末?」


 俺はその結末を知らなかった。雪乃さんに尋ねてみたけれど、彼女はただ優しく微笑むだけで、答えは教えてくれなかった。


 スマホで結末を調べようと思ったが、雪乃さんが私の手を握っている。この温もりを感じながら、他のことはどうでも良くなった。


 ――後で絶対に調べよう。でも、今はこの手を離したくない。俺はそう思った。


おわり

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マッチングアプリの少女 ケイティBr @kaisetakahiro

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