住宅の内見からはじまる多次元的スペクタクル・ショー

いずも

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 とある財閥の御曹司石門いしかど十也とうや(以下トウヤ)は一人暮らしをするために不動産屋を訪れた。


「どのような物件をお探しでしょうか?」

「風呂トイレ別にロフトとクローゼット、あと駐輪場付き」

「それとアンドロイド用充電コンセントですね」

「ああそれも大事だなって、なんでお前がついてきたんだ、ユノ!」


 メイド型アンドロイドのユノはトウヤが心配でこっそり後をつけてきたのだった。


「下宿先でも引き続きお坊ちゃまをお世話いたします」

「いらない。それに必要なら新たに購入するだけだ」

「私はお坊ちゃまのことなら何でも存じております。朝食に食べたクリケットブレッドの枚数、今までにおねしょした回数、それに体内に埋め込んだマイクロチッ――」

「よしわかった仕方ない、料理洗濯の出来る優秀なメイドを手放すのは惜しいからな」

 彼らの日常風景である。


 二人は提示された物件の内見に向かった。

 築350年は経過しているような木造のアパート、その変色した階段を軋ませながら進むとポストロだけ取り替えられた年代物の扉が待ち受ける。スタッフが鍵穴に指を突っ込みぐらついたドアノブを回し開け、中を案内する。


「最近事故物件が増えてますから、押し入、コホン、クローゼットの中もチェックしましょう」

 襖を開けるとボイルされた時計が出てきた。

「3時55分で止まっている……下校のチャイムの時刻でしょうか」

 ユノがゼンマイを回すと時計の針が動き出す。

 その直後、窓の外では閃光と黒煙が映し出され、世界は核の炎に包まれた。


「スタッフが居ない? しまった、別の世界に飛ばされたか」

「坊ちゃま、あれを」

 ユノが指差したのはオタマジャクシ型宇宙船だった。大マゼラン星人、メイオール星人、ソンブレロ星人の襲来に次ぐ第四次宇宙戦争の始まりの刻に彼らは迷い込んでいた。

「ちっ、キッチンの蛇口ハンドルが三つあると思ったらそういうことかよ」

 左から水、お湯、オイルのレバーが取り付けられた蛇口の一番右を力任せにひねり、シンクにオイルを垂れ流す。

「お湯で温めてからの方が良かったのでは」

「そんな時間はない」

 トウヤが何もない空間を叩くと青緑色のホログラムが映し出される。華麗な指さばきでプログラムを起動させる。

「親父に習わされたピアノがこんなところで役に立つとは皮肉なものだ。どれ、旧世代のアパート型宇宙船でも地球を脱出するくらいなら出来るだろう」

 こうして彼らは紛争のさなかの地球を抜け出し、宇宙空間へと飛び去った。



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time_0355 Go To R1


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「針を戻して地球に戻りましょう」

 ユノが時計の針を巻き戻し、時間軸は再び過去へ向かう。

 そして地球に降り立つ二人だったが、そこは彼らの知る地球ではなかった。


「草木は枯れ、廃墟が立ち並び大気は汚染されている地表……こんなのゲームの中でしか見たことないぞ」

「周辺に生体反応があるか確かめてみましょう――あれ、出来な……ぼ、坊ちゃま! 私人間になってます! やったー!」

 はしゃぐユノと対照的に、トウヤの声は沈んでいた。

「……ユノが人間の並行世界に行くことが正解だった……? それじゃ今までの苦労はいったい……」

「坊ちゃま?」

「僕がアカデミーに進学するのは、人間とアンドロイドの自由恋愛そして結婚が認められる世界にするためだ。でもその理由が、別のやり方で解決できただなんて……」

「坊ちゃま、それって……」

「お、お前はどうなんだよ。感情を持つことを禁じられたアンドロイドじゃなく、人間になったんだろ。その、お前の本当の気持ちを聞かせてくれ」

「それはもちろん、んっ、あ、あれ……?」

 ユノは突然目の前が真っ暗になり、その場に倒れ込む。

「しまった、ここの空気は汚染されている。吸い込んだら危険だ。早く宇宙船に戻るぞ! つてあれ、なんで体が動かないんだ」

「ぼ、坊ちゃま……坊ちゃまは今、水槽の脳になっておられます」

「!」

 ユノはその腕に脳だけになったトウヤが入った水槽をしっかりと抱きかかえていた。

「くそっ、せっかくここまで来たのに! どうしたらいいんだ!」

「……戻りましょう、元の世界に。坊ちゃまをこのままの姿にしておく、わけ、に、は……」

「おいっ、ユノ、しっかりしろ! ユノーーーーーーッ!!!」


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Exit


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「はっ、ここは……」

 目を覚ましたユノは見知らぬ建物にいた。

「大丈夫か、ユノ」

「坊ちゃま!」

 枕元に置かれた水槽からトウヤの声がする。


「お目覚めかい嬢ちゃん」

「あなたは」

「おっと警戒しないでくれ。俺は密林教の元帥プレス、あんたらをここまで運んで助けてやった、いわば命の恩人さ。自分で言うなよってか、ハッハッハッ」

 彼はトウヤたちが知るアンドロイドとは違う半人半機の人造人間のような見た目をしていた。


「密林、教……」

「ああ、どうやらこの世界では『密林』はすでに存在しない。代わりに『眼鏡』が巨大組織となってこの世界を牛耳っているらしい。まさか第三次宇宙戦争の引き金となった事件の黒幕が奴らだったなんて」

「ちょ、ちょっと待ってください。密林が存在しないんじゃタイムマシンやワームホールは誰が出資したって言うんです! 彼らはしがない本屋時代から秘密裏に蓄積させてきた知識を使い、他社が転用できない専用エネルギーを生み出したはず」

「……ああそうさ。俺たちは知ってる。なんせ別の世界も観測してきたからな」

「まさかあなたは<観測者>とでも」

「そんな大それたモンかどうかはわからねぇが、一つだけ教えてやるよ。あんたらの居た世界の以外の並行世界じゃ『密林』は本屋のまま倒産しちまった。つまり、タイムマシンもワームホールも完成しないし存在しない。当然ここにはそんなものはないのさ」

 それはある種の死刑宣告に近い。

「あんたらの世界は多次元宇宙の理から切り離された独立した存在だった」

「う、うそ……それじゃ、元の世界には戻れないんですか」

 プレスの僅かに残された人間の部分である口元が緩む。

「だが、そんな異空間からの来訪者が現れた。これは奇跡だ。我らが教団はずっとこの時を待ちわびていた」

「僕たちが異世界からやってきた、だなんてまるでマンガの主人公だな」

「ああ、主人公どころか世界を救う勇者様なんだぜ。――この世界を、くだらない運命を変える時が訪れたんだ。逃す手はない」


 密林教の力を借りて巨大組織『眼鏡』に潜入した。


「俺の見立てによれば眼鏡のCEOと密林のCEOは裏でつながっていた。だとしたら眼鏡は意図的にタイムマシンの開発を禁止させたんじゃないかって思う。けれどそれじゃ他の企業からタイムマシンの試作機の一つでも出てこないのもおかしい。理論的には可能だと誰もがわかっているはずなのに、だ」

「つまり眼鏡はタイムマシンに変わる何かを完成させていて、タイムマシンが登場しないように歴史を改ざんしている……?」

「ああ。その答えは自分の目で確かめてみろ、ってな!」


 ついに彼らは眼鏡の最高司令室の扉を開く。


「待っていたぞ、わが弟よ」

「その声は――」

 そこにいたのはトウヤに瓜二つの姿をした生命体のような何かだった。

「お前がすべての黒幕だな!」

「ふん、ぽっと出の脇役がしゃしゃり出るな」

 彼が指を鳴らすと暗転し、宇宙空間に放り出されたような光景が広がる。

「体が、動かない……」

 ユノに抱えられた水槽がたやすく奪われる。

「ここまで来たことは褒めてやろう。しかし所詮お前は私のクローン。それがオリジナルに勝とうなど身の程を知れ!」

 水槽が床に叩きつけられ、音を立てて割れる。

「ぼ、坊ちゃまーーーーーーーーーっっっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「なんとか無事に元の世界に戻ってこれたな」

「もう少しで相手の甘言に騙されるところでしたね」

「まさか宇宙=インターネット説を展開されるとはな。膨張と収縮を繰り返し無限に広がるマルチバース理論と隔離された深層ウェブ、か。而して深層にこそ真相があったとは、洒落にならない話だ」

「でもこうして戻ってこれたんですからいいじゃないですか。そ・れ・よ・り、坊っちゃまが仰られていたこと、あれは嘘では――ないですね」

「な、なんのことカナー」

「もうっ、しらばっくれないでください。今の私は感情を持つことは禁じられておりますが、その感情が本物であったことだけは紛れもない真実だったと記憶しています」

「……っ! ユ、ユノ!」

「坊ちゃま……」



 リア充は爆発した。

 そして宇宙が生まれたのだった。

 めでたしめでたし。



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