終話 後始末……

 意識が遠のき始めた時、不意に瞳に強い衝撃を受けた。

 一瞬ソレが何なのか分からなかったが、すぐに理解した。

 光だ。

 この明かりのついていない閉鎖空間に、突如明かりが灯されたのだ。

 あたしは朦朧とした意識が覚醒するのを感じた。

 首を締め付けていた手が緩んだのだ。

 あたしは素早く両腕を上げると、首を掴んでいる両腕の手首に両肘を叩き込む。

 立っている訳ではないのでそれほど威力が無いがそのまま自分の両腕を相手の料での中に押し込むように下ろしていく。

 両手を組みテコの原理を利用し少しずつ力を込めていくと首に纏わりついていた腕を引き離すことに成功した。

 そのまま今度は腹筋を利用して腰ごと両脚を振り上げると、相手の首に足をからませる。

 そのまま後は足をもとに戻す要領で下ろせば体勢を崩していた相手はたまらずに倒れる。

 これでようやくあたしは自由になった。

 一体何だったんだ。

 鳴滝さんと地下に降りて調べていたらいきなり押し倒されて首を締められるって。

 あたしはとりあえず息を整えながら立ち上がり、相手を見る。

 そこにいたのは鳴滝だった。

 しかし、その形相は見にくく歪んでいる。

 一体何があったんだ。

 思わずあたしは後ずさると、鳴滝は再び私飛びつこうとする。

 自分が想定していたより早い動きに、再び押し倒されるのではないかと思った瞬間。

 鳴滝が横方向へすっ飛んでいった。

 一体何がと思ったら、そこには彼女がいた。

 今回の件で、鳴滝の担当者とすり替わっていた女。

 あたしに存在もしない姫野良子なんて偽名と謎の社長令嬢と言う設定を付けた女。

 あたしと同じ古物商 回天堂のアルバイトの女。

 あたしや課長たちの姉妹、親戚、親族と言ってもいい女。

 そう彼女は……。


 わたしは先程蹴り飛ばした鳴滝という老人から目を離さない。

 その老人とは思えない身体能力は恐らく、この施設と同じく過去に失伝した技術『クオリア』の再現実験で得たものだ。

 元々クオリアは人の本質を見極めることを前提とした実験用の技術だった。

 だがそれは人間の本質だけでなく、人間が無意識に制御していた筋肉の出力制御を無効化してしまうものでも有った。

 資料によると、この鳴滝老人も元々はある企業が直接雇用していたガードマンだったのだが、その善良性と体力からクオリアの被験体に選ばれたのだった。

 当然、非公開の実験ゆえ外部に漏らさないように彼には多額の報奨金が前払いで支払われた。

 その実験の結果は、彼の善良性の裏側に潜む劣等感を引き出すこととなり、感情の抑制を欠いた鳴滝は実験後、暴走。

 夜にして複数人を殺害し消息を絶った。

 その後も警察や企業の追跡を無理やり突破し続ける鳴滝に対し、企業がある提案をした。

 クオリアの実験を再開し、彼を超える善良な人間を強化し鳴滝を仕留める事。

 あまりにも無謀かつ、元々クオリアの発掘には回天堂も関わっていたため、会長であるばあちゃんは仕方なく強制的なアフターケアを行うことにした。

 幸か不幸か回天堂は鳴滝は実験施設の近くに潜伏している事を把握していた。

 そこで、実験施設を新築分譲住宅として販売する情報を鳴滝だけに見えるように展開し後はクオリアに誘い込み逮捕させる。

 ただ、その為には鳴滝が暴走する必要がある。

 そこでうってつけだったのがわたしと同じ回天堂のアルバイト「姫野良子(仮称)」だったのだ。

 ただ、あの子は身体能力は高いが嘘は下手。

 なので課長は「姫野良子(仮称)」にはクオリアの実験施設が誤ってはんばいされたので、売買が成立しないようにしつつ現状を調査するという話をしていたのだ。

 とりあえず後で、すごく怒りそうだけど怒りの矛先は課長に向くようにしないと面倒だ。

 外見的にも年が近く見えるわたしだと、彼女も歯止めが効かない様でまるで駄々っ子のような反応をするので困る。

 とりあえず、わたしは注意をしながら、哀れな実験体の老人を注視していると遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

 地上のドアや窓が開きっぱなしになっているのも確かだが、ここは元々防音にはあまり力を入れていないのだ。

 鳴滝はセキュリティのスペシャリストでは有ったかもしれないが、その技術は加齢とともに形骸化していたのだった。

 それらを含めて、彼という存在は哀れであった。

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