第5話 過去のクオリア

 俺と姫野さんは手分けをして、このカクリヤを調べ始めた。

 生憎と部屋のライトが見つからないため、それぞれに携帯端末のライトで足元を照らしながらの作業となった。

 かなり広い部屋だが、備え付けの家具などは見当たらない。

 とりあえず俺はまた壁から調べることにした。

 壁は地上と違い柔らかい。何かしらの合成皮で作られておりその中には綿状の物が詰めれているのであろう。

 そのためこの壁は防音などを考えた作りになっていると考えられる。

 考えてみれば床もフローリングながら踏み込んだ時の反発が弱い。

 こちらも恐らく床下に弾力性のあるシートを挟み込むことで衝撃を抑える作りなのだろうか。

 地下にこれほどの消音、衝撃対策がなされているのか。

 考えられるのは地上に地下の音を漏らさないため。

 なら何故か?

 大音量で音楽を聞いたり、映画を観たりする為と言う可能性もあるが、施工図にない時点でそれは限りなく低いだろう。

 であれば具体的ではないが、地上の建屋で暮らす人に聞かれると不都合なことをする為というのが妥当だろう。

 ただ、家主に不都合なことをする為だとしてそれだけの理由で地下に部屋を作るのはおかしい。

 俺はそう考えるが、思考が堂々巡りとなり混乱してくるようだった。

 これが陽の光がさす地上ならそれでも問題ないが、あいにくと今の光源は二つの携帯端末のライト。

 ほぼ暗闇と言っていい環境のためか思考は嫌な方ばかりに進んでいく。

 それなりに後ろ暗いこともした身としてはこれはきつい事だ。

 ……まて、ってなんだ?

 少なくとも俺は飲食系の会社でサラリーマンとして生きてきた俺にはそんな記憶は無いはず、いや有ってはおかしい。

 会社では年に一回はメンタルヘルスにて調査を行う義務がある。

 俺はそれについて今まで一度たりとて問題が出たことがない。

 現に前回だって……。

 前回っていつだ?

 どうやら俺はこの暗闇で思考が参っているらしい。

 一旦、休憩をすることにし、俺は壁に寄りかかった。

 壁が優しく俺を受け止める。

 そう、以前はこうやって誰かが受け止めてくれていたような気がする。

 そんなとりとめのない事を考えている時、壁から何か音が聞こえてくる。

 それは懐かしいリズムを繰り返している。

 どこかの民族音楽だろうか、打楽器が一定のリズムで鳴っている。

 それがから響き、俺を包み込んでいる。

 音が俺を満たしていく。

 懐かしさの中に何故か恥辱やいらだちなどの負の感情が芽生えてくる。

 そうだ。

 俺は……。

 オレは……。


 ふと気がつくとオレは暗い部屋にいた。

 何故こんなところにいるかは、なんとなく理解している。

 ただ、どうしてもオレは渇いている。飢えていた。

 周りを見回すと誰かが背を向けて何かをしている。

 オレは吸い寄せられるようにそちらへ向かった。

 ただ渇きを満たしたい。

 そう思い、オレは相手に声をかける。

 振り向いた少女の表情が驚きに変わる。

 何をそんなに驚いているのか。

 ただ渇いているだけの人間なのに。

 君からみたら年上だがまだ30代の現役だ。

 何が現役なのか分からない。

 でも問題ないこうやってしっかり動けるのだから。

 ただこの娘の反抗的な態度が気に食わない。

 笑顔で優しく話しかけているのに逃げていくなんて。

 オレは後を追いかける。

 思いの外、足の早い女だが暗がりで走れば転ぶのは自明。

 ほら盛大に転んだ。

 オレはゆっくりとした足取りでソレに追いつくと、両手でしっかりとそのを握る。

 管の中は何かが流れているのが感じる。

 その動きが心地よいのでオレはいつもの様に管を強く握る。

 オレの足元で何4つの棒が暴れる。

 しかしその棒や管のもとである筒状の箱の上に乗っているオレには大して届かない。

 でもこの動きは煩わしいので、とっとと止めてしまおう。

 確かこの管の奥にスイッチが有ったはず。

 オレは更に管を強く締めていく。

 この感覚。

 この感覚こそが、オレの本質クオリアなんだ。


 あと一息で最高点に到達しそうと思った時、不意に周囲が明るい光に満たされた。

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