第4話 カクリヤ

「えー! そんな気持ち悪いとこ、触れないほうがいいんじゃない?」

 俺の提案に反対したのは意外にも姫野さんだった。

 この家の不自然さに最初に気がついたのは彼女だから、てっきりノリノリで喰い付いてくるのかとおもったが。

「うーん、本来なら不満が有った時点で内覧会は中止して終了にするのがセオリーでしょうが、たしかにこれは気になりますね。」

 逆に担当さんは話に喰い付いてきた。

 右手の人差し指を曲げ顎につけて考え事をしているようだ。

 そんな彼女を一瞬だが姫野さんが鋭い視線で見つめていた。

 ……何かこの二人少しだけ不自然さがある。

 とりあえず、今は目の前の謎を追いかけるほうが俺にとっては優先事項だ。

「まあ、気になるなら調べてもいいんじゃない。」

 明後日の方向を見ながらぶっきらぼうに姫野さんが言う。

 一応、彼女も気になっているようだ。

 そうと決まれば話は早い。

 俺はまず担当さんに他の場所で施工図との差異を確認してもらうように話し、リビングのトイレに隣接しているはずの壁を調べ始める。

 壁に耳を当てると廊下を歩く人担当さんの足音とわずかだが水の流れる音がする。

 恐らくこの壁の内側は配管が埋まっているのだろう。

 ならばこちら側は問題は少ないだろう。

 次に書斎の壁を調べる為に廊下へと出る。

「そう言えば鳴滝さん。」

 突然、姫野さんが呼びかける。

 立ち止まり振り返る俺に彼女は少し驚いた様な表情をした。

「ん、どうした?」

 俺は何気ない風に姫野さんに声をかけると、彼女は呪縛が解けたかのように慌てる。

 俺は昔からふとした瞬間に人を怖がらせてしまう事がある。

 自分ではそうは思わないが、人相が悪いのだろうか。

「そうそう、鳴滝さんってこの手の事に詳しいんですか?」

 姫野さんが聞きたことはそこかと俺は思う。

「まあ、昔とった杵柄ってヤツでね、怪しいと思ったことは調べないと安心できないんだ。」

 俺は少しおどけた風に答える。

 怪しいと認識すると、すぐに調査を提案したり壁の奥の音を聞こうとするのは普通ではないか……。

 しかしそれは俺の生きてきたさがである以上どうしようもない。

 自分のテリトリーが安全でなければいけないと俺は昔から考えている。

 それは危険と隣合わせの事をしてきた故の処世術みたいなもんだ。

 改めて書斎に入る。先に書斎で調べ物をしていた担当さんが何か端末に書き込んでいた。

「ああ、鳴滝さん。 部屋の間取り自体は施工情報と差異はありませんでした。」

 この人はやはり根っからの生真面目な人なんだろう。

 テキパキと報告をしてくれる彼女を見ながら俺はそう思う。

 そんな彼女にリビング側の壁の中の件を伝えると担当さんも施工図を確認し、俺の考えが間違っていないだろうと答える。

 もっともその施工図が怪しいので、その保証がどれほどあてになるかは未知数だったが。

 そんな話をしていると、再び姫野さんが声をかけてくる。

 彼女は書斎の壁近くの床を指をさしている。

 近づいてみるとそこは、分かりにくいが人がひとりはいるには十分な大きさの四角い継ぎ目がある。

 住人も分からないように偽装する理由は分からないが、この家にたいする疑念は増すばかりだ。

 顔をあげると担当さんが端末をすごい勢いで操作している。

 この怪しい間取りについての資料が無いか必死に探しているようだ。

 恐らく何も出てこないだろうというのが俺の思いだ。

 この手の不自然な事柄が現場には下ろされていない事はザラにある。

 ともかく俺はここで考える。

 このまま調査を進めてもいいが、売買契約が成立していない上ここから先は問題が有った時に自分にも賠償などの責務が発生しかねない。

 そのリスクを負っても調べるべきか……。

「どうする。 ここで止めて会社へ文句を入れる?」

 しゃがみこんだまま考えていた俺に姫野さんが声をかける。

 俺は顔を彼女の声の聞こえる方へ向けようと首上げていく。

 自然と彼女の全身を見ることになる。

 オレンジのニーハイソックスにデニム地のショートパンツ。

 黒い無地のシャツの上から春物のジャケットを羽織る姿はまだ成長中であることを思わせる程度に華奢だった。

 意図はしてないが見回す形になってしまったバツの悪さを隠すように俺は立ち上がる。

 立ち上がったことで姫野さんを見下ろすような視線になる。

 これで話しやすくなったなと思い、わざとらしいが咳払いをして回答をする。

「そうだな。この切れ目がフタならいいが、ただの目印なら最悪契約前の住宅を破損してしまうことになる。その時の賠償は全員で折半でいいか?」

 暗に調査を続行するが、離脱してもいいことを話すが、

「じゃあ開いてみますか。」

 と意にも介さない素振りで答えた。

「じゃあ決まりか。」俺もそう言うと継ぎ目に指を入れられる所が無いか調べ始める。

「ちょっと、わたしは社に掛け合ってきますね。」

 担当さんがそう言うと家の外へと足早に出ていく。

 通話をするためか小型端末を取り出して操作しながらだった。

 玄関ドアが閉まる音を聞きながら継ぎ目を調べていると一箇所だが不自然な感触が有るところがある事を見つけた。

 俺はその辺りに触れ、その感覚から小さな空間が有ることを把握する。

 継ぎ目から少し強めにそのあたりの床板を引っ張ってみる。

 しばらくすると小さなブロックが外れ、そこには指がかけられる程度の穴が有った。

 俺は躊躇なくその穴に指を入れると床板を引っ張ってみる。

 すると床はスライドするように開いた。

 そこに暗い穴が空いており、壁には底へと降りられるようにか鉄のはしごがかけられていた。

 姫野さんが素早く手持ちの携帯端末のライトを点灯し穴の中を照らすと、その空間の高さは4メートル程度、俺は姫野さんと目で合図するとはしごを利用し下へと降りていく。

 この程度の高さなら、ライトの明かりだけで苦もなく地下へ降りることが出来た。

 はしごを降りきった俺は改めて穴の中へ視界をめぐらす。

 そこは表向き施工図に存在していない地下室。

 広さは地上の建屋と同じくらい。

 ただ1つの部屋だけの構成なので、かなり広く感じる。

 続けて降りてきた姫野さんもその周囲を見回し感嘆の声を上げた。

「こういうのって座敷牢ってやつかな?」

「座敷牢はその名のとおりで四方に鉄格子をはめた座敷だから違うんじゃないのかな。」

 彼女のつぶやきに俺が答える。

 すると彼女は更に言葉を続けた。

「ならこれ、存在しない家『幽家カクリヤ』なんじゃないかな。」

「カクリヤねぇ……。」

 冗談なのか、状況を詩的に捉えたのか判別はつかないが、カクリヤと言うその響きは気に入った。

 俺の中でここはカクリヤと呼ぶことにしよう。

 詳しく調べる必要があるが、もし問題なければ改めて購入するのもいいかもしれない。

 カクリヤの存在を隠蔽し販売しようとしていたんだ、その目的は分からないが値段交渉の際にもこの事はいい材料になるだろう。

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