丘の上の不思議な家

江東うゆう

第1話 丘の上の不思議な家

「夜に案内していただいて、すみません」


 客が、車の後部座席で言った。


「いえいえ、お客様のお時間に合わせてご案内するのが、我々の仕事ですから」


 不動産業者の和田はルームミラーを見遣り、明るい声で返す。

 丘の上の豪邸を見にきた客は女性で、教会での葬式帰りみたいに黒いワンピースと黒いベールをつけている。


「着きました。門を開けますので、少々お待ちください」


 丘の上に着くと、和田は鉄格子でできた門を開ける。この五年間、誰も住んでいないせいか、大学でラグビー部にいた和田ですら、かなりの力が必要だった。


「んんっ」


 力を込めて門を開くと、不快な金属音が響いた。

 門を開けて車に戻ると、客はベール越しにもわかるほど、顔をしかめている。


「すみません。私、門を開け慣れておりませんで。車を動かしてもよろしゅうございますか?」


 客は、渋面のままうなずいた。

 これは、契約に至らないかもな、と思いながら、和田は車を建物の玄関に寄せる。


「どうぞ」


 後部ドアを開けると、女性は長いスカートをつまみ、そっと地面に下りた。


「まあ、立派なお屋敷」


 和田が懐中電灯で鍵穴を探していると、背後ではしゃいだ声がした。

 振り返ると、客が口元に手を当てて、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 どうして見えたのかな、と和田は思う。

 辺りはすっかり夜だ。この屋敷の玄関が面している南側の庭には、灯りがひとつもない。それどころか。


「この建物は、南側に窓がないんですね」


 そうなのだ。

 広い庭があるのに、南側には窓がない。一面の白い壁だ。

 理由は前任者から聞いている。

 住んでいたのが、日光に弱いタイプの吸血鬼だったからだ。

 だが、そんなことは言えない。


「ええ、南半球の方が設計した建物でして」

「でも、北側には大きな木があるように見えましたけれど」

「庭は、北欧の方の設計なんです。北極海からの風を防ぐための作りでして」


 言い訳の仕方も、前任者に習っていた。

 ようやく見つけた鍵穴二つに、それぞれの鍵を差し込み、回す。木の扉を押すと、重たい音がした。門ほどの音はせず、客も顔をしかめたりはしなかった。

 それどころか、上機嫌だ。


「すみません。電気の契約が切れておりまして、中の様子はこちらの灯りで見ていただくことになりますが」


 和田は懐中電灯を右から左へ、ゆっくりと大きく動かす。ホールと左右の階段が光の当たるところだけ、浮かび上がる。


「すてきな家ですね」

「はい。外見は古風ですが、鉄筋コンクリートでして。築年数も十五年ほどですから、耐震基準も新しいもので作られていますよ。頑丈な家です」


 日当たりが悪く、照明を点けても薄暗い家の長所は、そのくらいしかなかった。


「すばらしいです。ここに決めます」

「は?」


 和田は客を振り返った。


「事務所に戻りましょう。契約したいです」

「あの、お時間があれば明日の昼にでもお越しいただいて、もう少し詳しくご覧いただいたほうが」

「いいえ。ここです。ここがいいです」


 客はベールの端がめくれるほど首を振ると、そっと額を押さえた。


「ああ、興奮してしまったせいか、くらくらします。和田さん、ちょっとよろしいですか」

「え、あ、危ない」


 和田は、ふらついた客を抱き留める。

 そのとき、首筋に鋭い痛みが走った。


 見ると、客が鋭い牙で、和田の首筋にかみついていた。


 客は口を開いて牙を抜く。


「ごめんなさいね。和田さんが健康そうな殿方でよかった。少しくらいなら、体に影響はないでしょう?」


 にっこり笑うと、客は和田の傷口に唇を当て、血を吸い始めた。

 

 〈おわり〉

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丘の上の不思議な家 江東うゆう @etou-uyu

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