【KAC2024】おうちのなか【KAC20242】

御影イズミ

なにかがいる

「おー、広いな」

「広いですねぇ」


 クレーエと共に暮らすため、新居の内見に来ていたライアー。

 彼らの住む世界では住居への引っ越しは手続きを済ませるだけでいいのだが、クレーエがどうしても新しい家を見ておきたい、というので上司でもあるフェルゼンにお願いして訪れた。


 汚れの1つもないピカピカな壁紙。ワックスがかけられたツルツルの床。

 きっちりと掃除がされた風呂場。ちょっと狭いけど綺麗なトイレ。

 水汚れもないキッチン。IHクッキングヒーターは少し汚れているが、誤差である。

 ベランダも少し広く、物干し台も設置されているという優しさ。


「どうだ? 文句のつけようがないと思うのだが」

「そうだな、クレーエが何も言わなければ……」


 フェルゼンに促されてこの部屋への引っ越しを決めようと考えたライアー。クレーエに向けて同意を聞こうと考えていたが、そんな彼女はクローゼットを見つめたまま動かなくなった。

 どうした? と声をかけても、彼女はクローゼットから視線を外さない。それどころかゆっくりと後ろに引いて、ライアーの後ろに隠れようとしている。まるでクローゼットに怖い何かがいると言うように。


「……どうした?」


 ライアーが何度か問いかけたが、クレーエは小さく首を横に振ってライアーの後ろから離れようとしない。どんなに声をかけても、ふるふると震えてしまってうまく彼女から聞き取り出せない。

 逆にクローゼットに何かあるのかと考えたフェルゼン。彼はそのまま彼女の意向を無視して扉を開く。


「おや」


 フェルゼンの視界に映るのは……すっからかんのクローゼット。ハンガーがいくつかかけられているだけで、あとは何もない。

 杞憂だったようだとライアーとクレーエに振り向いたフェルゼン。クローゼットの扉をきちんと閉じて、2人へと近づく。

 だが、その時に2人が彼に向けた視線はまるで異常者を、そして恐怖の存在を見るかのような目をしていた。


「ふぇ、フェルゼン、さん」

「アンタ、せ、背中……!」

「うん?」


 ライアーに背中、と言われて右肩を振り向いてしまったフェルゼン。潰れた右目では何も見えなかったが、確かに何かがいるという感覚を受け取ったようで、思わず振り払う仕草をして叩き落した。

 落ちた何かは奇妙な鳴き声を上げると、そのまま壁をすり抜けて何処かへと逃げていく。追いかける間もなくはこの部屋に溢れた恐怖の空気をすべて奪い取り、正常な空間へと戻していった。


 何が起こったのかはわからない。けれどは彼らの恐怖を呼び起こすには最適な存在だったようで、奪われたはずの恐怖の空気は再び部屋の中に溢れかえる。

 3人共正常な判断がつけられなくなってしまったため、新居の内見は一旦中止となり調査が行われることとなった。



 新居に住んでいた正体不明の『何か』。

 ライアーとクレーエの引っ越しが中止となった後も別の新居に潜み、人々を恐怖に陥れているという話が出てきている。

 クレーエの提案で先に内見をしたため2人は被害に合わずに済んだが、内見をしなかった者達は……。


 ――その後のご想像は、ご自由に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC2024】おうちのなか【KAC20242】 御影イズミ @mikageizumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ