『要件は手短にお願いします』

CHOPI

『要件は手短にお願いします』

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。

「でさー、そうなってくるともうさぁ――……」

 受け口から聞こえてくる電子音で構築された先輩の声に対して、『はい、そうですよね。あぁー確かに――……』などと無難な単語を並べて対応する。できる限りこの会話を無難に・穏便に、かつスピーディーに切り上げなければならない。それなのに、無情にも時は過ぎていくもので。


 ――ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ


「ん? 何か鳴った?」

「いや、別に全然!」

「そう? でさぁー……」


 ……あぁ……もう……サイアク……


 ******


「フフフ、ようやく食べられるぞ……!」

 仕事終わりの帰り道。自宅の最寄りのコンビニに顔を出すと、SNSでも話題になったカップラーメンが売られていた。『期間限定、且つそのコンビニ限定』という、限定の二乗で構成されているそのカップラーメンの人気は凄まじく、私も発売当初から興味があって探していたものの、どこの店舗でもその姿を見ることはできないでいた物だった。


 そろそろ期間限定品だし、お目にかからず終わるかもしれない――……


 そんなふうに思い始めて諦めかけていた時に見つけたものだから、思わず『おっ!!』とまぁまぁ大きめの独り言が口をついて漏れ出た。我に返って周りを確認したら、レジのバイトと目が合った。気まずかった。


 違う、そんな話はどうでもいい。とにかく、ずっと求めていた限定二乗のカップラーメが目の前にあって、ウキウキでその商品を手に取ると、レジを通って急いで自宅を目指したのだった。


 ******


 その後、無事に家について、ケトルに適当に水を入れて電源を入れる。お湯のセットをして直ぐに洗面所に駆け込んで手洗い・うがい。そうしてトイレに入って一息ついて、出るころにはもう少しでお湯が沸騰するところだった。


 よしよし、いいタイミングだ……!


 ウキウキしながら先ほど買ってきた限定二乗のカップラーメを開ける。かやくは既に入っているタイプの物だったので、中から液体スープを取り出しておく。カチッ、という音が聞こえてケトルを見ると、お湯がちょうど沸いたところだった。お湯を注いで蓋を閉め、重しに液体スープを置く。『3:00』と表示されているタイマーのスイッチを入れ、58、57とその時が0に近づいていくのに呼応して、期待値がどんどん膨れていく。


 49、48、47……


 と、突然。


 ――プルルルルッ


 スマホのコール音が部屋中に響いた。『え、今?』、そう思いながら画面に表示された名前を見て、思わず『え、今??』と繰り返してしまう。


 そこに出ていたのは、会社の先輩の名前。


 ここで頭にいくつかの可能性が思い浮かぶ。


① この電話は仕事に関する電話で、出ないと先輩及び明日以降の自分の仕事に響くかもしれない電話の可能性(今の仕事の内容的に納期が近い案件ではないけれど、0ではないという微妙なライン)

② 単純に先輩が仕事に煮詰まって、息抜きでかけてきた可能性(往々にしてあることなので否定しきれない)

③ 間違い電話(ほとんどないだろうけど)


 そんないくつかの可能性が頭を駆け巡ったものの、結論的にたどり着くのは一つで。


 出たくない……!!


 目の前にはすでにお湯を入れ、完成まで3分を切っている限定二乗のカップラーメン。


 カップラーメンくらい、ゆっくり堪能させてくれたって良いじゃない……!!


 ……とは思ったけれど、悲しい社畜の性。泣く泣く通話ボタンを押す。


「はい」

「あ、お疲れー。ごめんね急に、あの件についてなんだけどさー……」

 チラチラとタイマーを確認しつつ、先輩の話を受け流す。先輩の話、大変申し訳ないと思いつつも、ほとんどの内容が受けている耳とは逆側の耳からするすると通りぬけて行く。今、私の脳内を円グラフ化したら、間違いなく8割以上はカップラーメンに意識が持っていかれている。だけど早く切りたいときほど、なぜか電話って長引くもので。それは今日も例外ではなく――……


 ――ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ


「ん? 何か鳴った?」

「いや、別に全然!」

「そう? でさぁー……」


 ……あぁ……もう……サイアク……


 私の限定二乗のカップラーメンが……


 ******


 次の日。『昨日はごめんね。あんな時間に』と件の先輩から声をかけられて、それに対して『いえ全然!』とほとんど反射で返す。『ちょうど作ってたラーメンが冷めちゃったくらいで!』と付け加えられるくらい強い精神メンタルの人間になりたかったな、なんて。


 あの後もなかなか先輩の電話は終わらず、仕事の件だけでなくただの世間話までしっかり付き合った結果、限定二乗のカップラーメンは無残な姿になっていた。麺は伸び放題、スープはぬるい……、そんな最悪コンディションのカップラーメンを泣く泣く啜った。あぁ……、私の限定二乗カップラーメン……


 ……今日こそ、美味しい限定二乗のカップラーメンを食べてやる……!


 そのモチベーションだけで、一日の仕事を乗り切ったのは言うまでもない。


 ******


 その日の帰り、『今度こそ!』と気合い充分にコンビニによると、限定二乗のカップラーメンはすでに姿を消していた。一日のモチベーションを保ち続けていたそれが棚から姿を消していた事実はあまにショックで、ほんの少しの時間カップラーメンの棚の前から動けない。


 ……くっそー……!!


 今日は何も手に取らず、早々にコンビニに背を向ける。『ありがとうございましたー』、やる気のないレジのバイトの声が背中を追いかけてくる。


 家について、洗面所で手洗い・うがい。トイレに入って一息。そうしてトイレから出て、ケトルに適当に水を入れて電源を入れる。お湯が沸くのを待つ間、ストックを閉まっている食料棚の戸を開ける。そこには昨日コンビニで買った時より1個減っている、限定二乗のカップラーメン。



 あー、良かったー……、昨日買い溜めといて

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