タイムリミットは突然に
錦木
タイムリミットは突然に
鈴木太郎には特別美しい容姿はあらぬ。
別段勉強ができるわけでもあらぬ。
持ち前はこれまでそれでもなんなく生きてきた図太い精神力。
だが、そんな太郎にも羞恥心はあった。
午前7時27分。
タイムリミットまであと3分。
あいつ今日は遅れて来ねえかなあ、ていうか遅れてきますように。
必死の祈りも虚しく、非情なチャイムはなる。
「あらおはよう
「おはようございます、ママさん!あいつもう起きてます?」
キター!
っていうかいつもより早いくらいじゃないか。
おいおいふざけるなよと思う。
「それがあの子朝ご飯にも降りてこないのよ。上でガサガサ音がしているから起きてるんではないかと思うんだけどね」
「寝坊して準備してるのかな?遅れるとまずいので呼んできますね」
来るな!
まずい!
なにか都合いい感じの言い訳を……。
ダメだ、思いつかない!
頭を抱えている暇はない。
なんでこんなことに……。
「太郎ってさ、本当に花恋の顔のこと好きだよね」
高校生にもなって一人称が自分の名前なのはどうかと思うが、太郎はあえてそれを指摘しなかった。
「……そんなわけないだろ」
「そんなわけありますうー。だって今もほら目合わせないじゃん」
仕方ないだろ。
こいつ顔がよすぎる!
なんなんだ、キラキラ星が輝くような目に形のいい小さな鼻、リップも塗ってないのに苺色の唇。
太郎は勢いよく立ち上がった。
拍子に、花恋の顎に思いっきり頭をぶつけたので花恋はひっくり返る。
悪いと思いながらも太郎は素早く廊下まで走った。
「いったあー。なにすんの」
「それ以上近づいたら接近禁止命令を出す」
「ちょっとなにそれ!ていうか同じクラスなんだから無理でしょ!」
太郎は走る。
綺麗な顔を見ていられなくて。
「はあー」
太郎には政治がわからぬ。
歴史もわからぬ。
数学もわからぬ。
だから、放課後は学習室で勉強しながらことあるごとに先生に質問に行っている。
「先生もヒマじゃないんだからね」
そう言いながらも質疑応答に付き合ってくれる学校の先生たちはなかなかいい人ぞろいである。
「ちょっと聞いたんだけど」
ドカッと隣の机にカバンを置く音がした。
花恋だ。
「太郎ってさ、花恋の行事とかの写真全部とってあるって本当?」
「はあ?バッカ……」
大声を出しそうになって慌てて口をふさぐ。
学習室利用中の他の生徒たちの冷たい怒気が伝わってくる気がした。
それはそうであるこんな所でいちゃついていたらイライラする気持ちにもなろう(断じていちゃついているわけではないが)。
本人たちにまったくその気がなくても。
「じゃあさ、勝負しようよ」
「勝負って……」
「明日太郎の部屋に7時27分に迎えに行く」
幼馴染ということもあるが、この年にもなってまだ二人はいっしょに登校していた。
小中高校すべて。
それはともかく。
いつも集合は7時30分である。
「タイムリミットは3分。太郎はそれまでに写真隠して。花恋は3分で探してみつける。負けたほうが相手に命令できるってどう?」
それは、俺に写真を捨てさせるっていうことか。
「俺が挑戦するメリットは」
「花恋のことなーんでも好きにしていいんだよ。勉強のノート貸したげてもいいし、毎日購買でパンパシッてあげてもいい。もちろん写真もいつでもオッケーしちゃう」
「受けて立つ」
いや、最後の条件に食いついたわけじゃないけど。
「本当太郎って花恋の顔好きだよねー」
ケラケラと花恋は笑う。
そんなこんなで今日。
7時30分になった。
花恋は有無を言わさず部屋に押し入ってくる。
「太郎くーん、おっはろー」
「……おはよう」
いつもの挨拶である。
「はいはっけーん」
「って早!」
花恋はベッドの下から箱を取り出す。
「へえ……。入学式に運動会、宿泊に文化祭。わあプールのもあるじゃん。水着姿なんて刺激的だなー」
花恋は意外と嬉しそうにそれを見ている。
キモいと思ってないのか。
どっちにしろもう終わりだ。
変態だと思われる。
親にもバレたら数少ない友人にも。
なぜなら花恋は男なんだから。
でも、男も女も顔がいいは正義だろ!
「さーなにしてもらおっか」
花恋がニヤニヤしている。
負けたものは仕方ない。
ここは腹をくくろう。
「じゃーね」
花恋は言った。
「鈴木太郎くんが花恋に永遠に従順である権利、略して
「……そんなことでいいのか?」
「そんなことってなんだよ。お願い。プリーズ」
上目づかいで唇をとがらせる。
そんな顔にいつもだまされる。
俺はいつもお前に振り回されっぱなしなんだから、そんな権利無効だろと太郎は思った。
「太郎!じゃあ早速。花恋のこと好きって言ってみ?」
なんだその罰ゲーム!
太郎は赤面した。
タイムリミットは突然に 錦木 @book2017
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