タイムリミット

壱ノ瀬和実

タイムリミット

 防衛隊関東支部の面々には三分以内にやらなければならないことがあった。

『奥多摩地区に巨大怪獣出現、防衛隊は直ちに怪獣を駆除せよ』

 基地内に響き渡る警告音に、多くの隊員たちが自らの持ち場に走り出す。

 防衛隊関東支部、奥多摩観測所に勤務する防衛隊員、蓮見辰郞は、監視用の高台の上で嘆息した。

「怪獣目視。二足歩行。鈍足だが、あれでも数時間あれば首都圏縦断、都市機能は壊滅だ」

 怪獣の咆哮が山間に響く。びりびりと裂けるように揺れる空気が全身の恐怖を煽り、日常を壊す巨大な体躯が命の危険を報せる。

 迷彩服に身を包んだ女性隊員、山瀬が双眼鏡を覗きながら言った。

「命名、ホーエル。鯨みたいな見た目だけど、なんか偉そうに歩いてる感じがOLっぽいから」

「偏見……。いや、こんなときに名前付けてる場合か。それに、名称は駆除した後に防衛省が付けるんだ勝手に名付けるな」

「愛称を付けるのも無し?」

「今やるなって話」

「はい。さーせん」

 五十メートル級の怪獣が一歩大地を踏みしめる度、小さな地震が周囲を揺らし、監視用の高台の上はさらに大きく揺れていた。

「何があっても怪獣を見逃すな!」

「あんなデカ物、どうやったって見逃しませんよ」

「俺たちの仕事は怪獣をこの目で捉えておくこと。機械任せの世の中でも、人間の目で確認することが如何に大事かを忘れるなってことだ。大切なのは、時間制限内に殺処分できたかどうかだ」

 山瀬は高台の柱で身体を支えながら言った。

「あの蓮見さん、私よく分かってないんですけど、どうして怪獣駆除って三分以内って目標掲げてるんです? 別に四分でも五分でもあんまり変わんなくないですか。上官にはそういうの、全然教えてもらえなかったんですけど」

「ああ、それはまあな。暗黙の了解ってやつだよ」

 無線に連絡が入る。

『対巨大怪獣用レールガン発射準備完了まで残り十秒』

「レールガンが発射される。状況確認を怠るな」

「それで倒せるんですか!?」

「倒せた試しはないけどな」

『レールガン発射まで十秒、九、八、七、』

「発射から直撃まで一瞬だぞ。気を抜くな、衝撃に備えろ」

「は、はい!」

『弾着三秒前、二、一――』


 空気を劈く高音が、随分と遅れて辺りに響いた。

 視界に何かが映ったと認識したときには既に、身体は衝撃波に打ち付けられていた。

 爆風と、怪獣の雄叫びが轟いた。

 しかし。

 怪獣の頭部に直撃した超音速の弾丸は、相当に重厚であろう怪獣の外皮を貫くことさえ無く、まるで怪獣に平手打ちしただけのように蓮見には思えた。

「こちら観測班。レールガン命中、しかし効果認められず」蓮見は無線を力強く握りしめ通信を終えた。

「あんな武器でも駄目なんですか」山瀬は息を乱していた。

 無線はあらゆる武器の発射を伝えている。

 ゴゴォ! と、低く重たい音。誘導弾、空対地ミサイル、巻き起こる爆炎。

 そして、無傷の怪獣。

「全弾命中、いずれも効果認められず」

 ――怪獣。

「化け物め……」

 人では、人の叡智では、容易に倒せない生物。

「三分経ったな」

「そう、ですね」

「そろそろ来るぞ」

「来る? 来るって何が」

「あいつが来るんだ。怪獣が現れてから約三分。それがいつも、奴が出現するまだに掛かる時間なんだよ」

「奴って、まさか」

「ああ。どこからともなく現れて、怪獣を倒していく謎の人型の巨人」

 その時。

 地球に届く太陽光よりも遥かに強く、しかしどこか柔らかな、神秘的な光が周辺を覆い尽くした。

「来やがった」

「あれが、最近現れだしたという、怪獣退治の巨人」

「怪獣の敵なのか、人類の味方なのかも分からない、謎の生物」

 全身は銀。赤のラインが入って、目は黄色。人が思い描いた宇宙人のようなフォルムをした、怪獣に匹敵する大きさの人型生物。

「あれが来るより早く、怪獣を駆除する……それが、三分以内という目標設定の理由だったんですか」

 蓮見は頷いた。

「でもでも! あの巨人は怪獣を倒してくれるんですよね。どうして巨人が来るとマズいんですか。良いじゃないですか。巨人の思惑はどうでも、怪獣被害は抑えられます」

「お前、あの巨人がどうやって戦うのか知っているのか」

「報告書で見ました。怪獣を倒すためにまるでプロレスのように取っ組み合いをして、最後は謎の光線で、ばーっとやって、最後は……怪獣大爆発」

「それがどれだけの被害を街に及ぼすかは」

「いえ……詳しくは」

 数キロ先で怪獣と巨人が激突した。

 その姿はさながら、昭和の白黒テレビに映るプロレスのようだった。

「確かに怪獣によってもたらされる被害よりは格段に抑えられるだろう。だがな、あれがもたらした被害のとばっちりは、全部防衛隊に来るんだよ。怪獣による被害は仕方ないで済ますくせに、あの巨人が怪獣と戦っている間の損壊、怪獣爆破による甚大な被害、それらは何故か、防衛隊が弱いからじゃないかと文句を言ってくる連中が、国民にも、政治家にもゴロゴロいる」

 砂埃というにはあまりにも大規模な粉塵が山間で立ち上る。

 巨人の声と怪獣の咆哮、地響き、衝突音、それら全てが、周囲に被害をもたらす災害のように思えてならない。

「だから巨人が来る前に怪獣を、ってことなんですね」

「面倒ごとを嫌う上と、ただでさえ厳しい目を向けられている防衛隊の現場隊員が、これ以上嫌われることを恐れるが故の目標時間ってことだな。だがあいつが来た以上、ここで俺たちの仕事は終わりだ」

「見届けなくて良いんですか」

「怪獣は跡形も無く爆発するんだ。あとの仕事は、俺たちの役目じゃない……まったく、皮肉な話だよ」

「……皮肉?」

「ああ」

 蓮見は、腕にキラキラとした輝きを蓄えている巨人の姿を見ながら――、

「あいつが来ると、三分以内に怪獣は倒されるんだ。……必ずな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タイムリミット 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ