仏陀には三分以内にやらなければならないことがあった。
狼二世
いやホント〇〇さんではないんです本当です
仏陀には三分以内にやらなければならないことがあった。
正確に記するのなら、『後に仏陀と称される人間のうち一人である赤子が、生まれ落ちるまでの三分以内』にやらなければならないことがあった。
『と、言う訳でお前さんが広めた『転生』って概念のせいで人生失敗してもリタイアして次の世で頑張ればいいって思想が広まっちまったから、過去に戻って転生カッコワルイって教えを広めてくれよ』
男とも女ともとれない声に呼び覚まされたのは生誕の三分前。酷く無責任な言葉への憤慨と共にざっくりと前世の記憶を取り戻した赤子は自分の使命を認識した。
赤子の前世は文明の成熟期が過ぎ、進化の停滞が緩慢な死へと向かっていた世界であった。
硬直した社会構造は生まれながらに階層を固定し、貧者は貧者のまま死に、権力者はひたすらに肥え続ける状況であった。
その中で、前世の赤子が生み出したのは『転生』と呼ばれる概念。古代宗教から掘り起した概念だ。
――たとえ今生で恵まれなくても、死後は異世界で成功する――
その甘い言葉は多くの恵まれない人間の希望となった。
たとえ今生で恵まれなくても、一生懸命生きれば来世では恵まれる。
その程度の教えであった。それでも救われる人がいた。
だが、やがて悪用する人間が出てくる。
――行き止まりの生に意味はない、死こそ救済であり、恵まれない生を手放してしまおう――
悪性に歪んだ教えは世界を侵食し、大量の自殺者を生み出した。
結果、赤子は自らの手を汚すこともなく最悪の大量殺人者として生を終えた。
最初はただの善意。それが歪んでしまったことに、赤子も後悔があった。
終わってしまった人生は変えられない。けれど、その先で新しい救いを見いだせるのなら、と赤子は自らの状況を受け入れていく。
(なるほど……この時代は、輪廻転生の概念が生まれたばかりなのだな)
赤子の脳内に生まれ落ちる世界の情報が流れ込んでくる。それは過去から現在だけではなく、辿るべき未来の情報も含まれていた。
その中には、滅びがあった。『転生』を信じて今生を諦める人たちの増加により、徐々に縮小していく世界。活力を失っていく文明の様が。
(この結末に至る責任の一端が自分にあるとするのなら、全力を尽くさなければならない)
◆ここまで一分
(まず、多くの人に教えを広めるには、それだけの権威をもたなければならない)
人は黙ってついてくるものではない。付いてこさせるだけの理由が必要である。
(不本意であるが、自らを特別視させることは有効な手段である)
幸いにして生まれるまで時間がある。生まれた瞬間から特別な存在であると示すことは自らの存在の補強として大変に有効である。
では、どのように生まれればいいのか。赤子は自らの脳に刻み込まれた情報から考える。
(なるほど……処女か)
五百年後を起源にする宗教では、処女から生まれることにより俗世からの隔絶を示した。千年後に生まれる宗教でも処女は特別な位置づけとして位置づけられている。聖なる戦いで命を落とした戦士は死後、処女に囲まれると言われている。森の大陸における権力者が初夜権を持つなど、人類は処女が大好きである。
(だが、私にはそれは不可能である)
さすがに母体のことまではどうにも出来ない。
(ならば、生まれ落ちる場所と同一視される場所からこの世に出ればよい)
そして、それは――
(脇だ)
赤子が死ぬまでの文明では、性器と脇を同一視する文化があった。
(わきま〇こと書にも記されていた)
ふと、青春時代にみた書物。仲間と盛り上がった冗談を思い出す。
(脇から生まれ落ちよう。ふふ……懐かしいな……あやつの性癖もそうだった)
◆ここまで二分
(だが、権威だけではない、さらに自らの力を証明しなければならない)
どんなに神々しい存在であっても、力の無いものには誰もついてこない。
赤子が生まれ落ちようとする時代は、まだ力が正義の時代であった。その力を示す必要がある。
(生まれた瞬間から歩き、喋る……ベタではあるが有効だな)
だが、肉体的にはまだ赤子のままである。このままでは喋ることはあろか、歩くことすら出来ない。
では、どうするべきか。彼には分かっていた。
(ステータァァァァァァス!! オゥープゥゥゥンッ!)
突如脳内に浮かび上がる身体能力の数々。赤子が転生する前の時代に会った小説や漫画ではお馴染みの表現である。
思わず心の声にも気合が籠ってしまった。まさか空想上の存在が目の前に存在することに、この赤子の心は生まれる前から燃え上がっている。
(身体能力を強化……言語能力を強化……間にあえ、間にあえ!)
脳内でスキルポイントを割り振り、最適な自分自身をビルドしていく。
肉体強化にスキルを振り、言語能力にもポイントを振り分ける。
(よし……あとは!)
刹那の間を残して赤子は準備を終える。
光が見えた。大気が肌に触れる。
太陽の熱が赤子を包み込み、一つの生が生まれた。
◆ここまで三分
その日、地球の片隅で一つの生命が生まれた。
赤子は母の右脇から生まれ出ると、自らの足で七歩進む。
そして、右手を上に、左手を下に向けると、産声の代わりに言葉を発した。
『天上天下唯我独尊』
≪了≫
仏陀には三分以内にやらなければならないことがあった。 狼二世 @ookaminisei
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